第二十六話「日陰のベンチと、王妃が紡ぐ銀の糸」
その日の午後、王城の庭園は、夏の始まりを告げる強い日差しに満ちていた。しかし、シャルロッテは、庭師ハンスが特別に手入れしている、大きな菩提樹の木陰にある心地良いベンチを知っている。そこだけは、涼しい日陰が保たれていた。
シャルロッテは、モフモフを抱き、お気に入りの絵本を広げた。ドレスのフリルを揺らしながら、絵本の世界に夢中になっている。モフモフは、彼女の膝の上で、心地よさそうに丸くなっていた。
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公務を終えたばかりのエレオノーラ王妃が、静かにそのベンチにやってきた。王妃の銀髪は、日差しを浴びて、シャルロッテの髪と同じようにキラキラと輝いている。彼女は、静かに娘の隣に座り、何も言わずに庭園の噴水を眺め始めた。
王妃は、書類仕事や貴族との会談で、見えない疲労を溜めていた。しかし、ベンチで娘の隣に座るこの時だけは、彼女にとって唯一の安らぎの時間だった。
しばらくして、王妃の視線は、シャルロッテのふわふわとした銀色の巻き髪に注がれた。その髪は、自分の髪を受け継いでいる証であり、彼女にとって何にも代えがたい愛情のシンボルだった。
王妃は、娘の邪魔をしないよう、ごく静かに、まるで瞑想をするかのように、シャルロッテの髪にそっと手を伸ばした。
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王妃の優雅な指先が、シャルロッテの髪を梳き始めた。
彼女は、シャルロッテの髪を、ゆっくりと三つ編みにしたり、編み込みにしたりし始める。それは、誰にも見せない、母と娘の間の秘密の癒やしの儀式だった。
シャルロッテは、本を読むのに夢中だったが、母の指の動きが、まるで優しい子守唄のように心地よく、安心感に包まれるのを感じた。編み込みのたびに、母から伝わる温かい魔力と、言葉にできない深い愛情が、彼女の小さな心を優しく包んだ。
「ママ……」
モフモフのふわふわとはまた違う、強くて、揺るぎない、母の愛情。シャルロッテは、いつしか本の内容ではなく、母の指先が髪を滑る感覚に集中し、深い癒やしを感じて、絵本を閉じてしまった。
やがて彼女は、母の腕にもたれかかり、小さな寝息を立て始めた。
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エレオノーラ王妃は、娘が眠ったことに気づくと、そっと編み込みを完成させた。髪の先端を、庭園で摘んだ小さな白い花で飾りつけ、最後に、優しく眠る娘の額にそっとキスを落とした。
「私の、可愛い天使……」
彼女にとって、娘の髪を編むこの時間は、公務の疲れを癒やし、母親としての愛を充電する、かけがえのない時間だった。彼女自身、この行為を通して、娘からの無言の信頼という、最大の癒やしを受け取っていたのだ。
王妃は、娘を起こさないよう、静かにベンチを立ち去った。
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数時間後。シャルロッテが目を覚ますと、母はもういなかった。
しかし、頭に触れると、髪がいつもと違う。
鏡を見ると、そこには、自分の髪が、王妃の優雅な手つきで完璧な編み込みに仕上げられ、愛らしい白い花の飾りがついている。その美しさは、プロの美容師にも勝るものだった。
シャルロッテは、その髪飾りを見て、母の深い愛と、優しく編み込まれた時の温かい感覚を思い出した。
「まあ! なんて可愛いんでしょう!」
彼女は、まるで魔法にかけられたかのように、心が満たされた。
「ママ、ありがとう!」
シャルロッテの感謝の言葉が、誰もいない庭園に、優しく響き渡った。この日の日陰のベンチでの時間は、母娘の間に、言葉以上に確かな愛の絆を紡いだのだった。