第二百五十九話「月夜の天文台と、王女が語る『星図の孤独』」
その日の深夜、王城の旧い天文台は、冷たく澄んだ空気に満ちていた。その場所は、王国の公的な天体観測とは別に、王立学院の若き女性技師が、「古星図の修復と、魔力的な座標の再計算」という、極めて孤独で、緻密な作業を行うための私的な空間だった。
彼女、ステラは、天文学と魔力工学の天才だが、その仕事の性質上、常に孤独であり、世間の注目を浴びることもなかった。彼女の周りには、「精確さ」と「孤独な探求」という、冷たい空気が渦巻いていた。
◆
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その天文台を訪れた。彼女は、ステラの持つ、「宇宙という無限の孤独に向き合う、知的な魂」に、強い共感を覚えていた。
「ねえ、ステラお姉様。この部屋、星の光がするね」
ステラは、驚きに顔を上げた。彼女の仕事は、誰もが「単なる計算」としか思わない、地味なものだったからだ。
「姫殿下。これは、ただの古い羊皮紙と、手作業に夜精密な計算です。特別なものではありません」
◆
シャルロッテ姫殿下は、ステラが修復している、数百年前に描かれた、色褪せた星図に触れた。
「ううん、違うよ! だってこの星図にはね、『遠い過去の、誰かの夢』が、いっぱい詰まってるもん!」
シャルロッテ姫殿下は、ステラが持つ、「精確さ」という論理の美学を、否定しなかった。しかし、彼女は、その「精確さ」の究極の目的が、「愛」であることを教えたかったのだ。
シャルロッテ姫殿下は、星図に、光属性と時間魔法を融合させた。
彼女の魔法は、星図の全ての点に、「星を最初に見た人々の、歓びと驚きの感情」という、温かい記憶の光を灯した。
◆
「ね、ステラお姉様。計算はね、一人の仕事だけど、星の光はね、みんなの願いを運ぶためにあるんだよ」
シャルロッテはそこで華麗にくるりと回った。
「お姉さんの精確な星図がなかったら、誰の願いも、空まで届かないでしょう? お姉さんの仕事は、世界を愛で満たすための、一番大切な『触媒』なの!」
ステラは、涙ぐんだ。彼女の孤独な作業が、「宇宙的な愛の伝達」という、最も高貴な意味を持っていたことを悟った。
◆
ステラは、シャルロッテ姫殿下の言葉に、深い感動を覚えた。
「姫殿下……私は、自分の仕事が、『孤独な探求』ではなく、『愛の宇宙を結びつける、儀式』であったことを、初めて知りました」
その日以来、ステラは、星図を修復するたびに、その星が運ぶ「未来の誰かの願い」に思いを馳せた。
シャルロッテ姫殿下の純粋な愛の哲学は、「知的な孤独」という壁を打ち破り、「個人の仕事のすべてが、愛の宇宙に繋がっている」という、温かい真理をもたらしたのだった。




