第二百五十八話「鏡の密室と、壁に残された『倒錯の肖像』」
その日の深夜、王城の一室は、密室の謎に包まれていた。城内で最も美しいとされる、ある若き貴公子は、その部屋で倒れ、壁一面には、彼自身の顔を模した、無数の、しかし歪んだ、奇妙な肖像画が残されていた。肖像画は、彼の顔の美しさを強調しながらも、どこか不気味で、病的な執着を感じさせた。
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アルベルト王子が、マリアンネ王女と共に事件の論理的な解明を進める中、シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その密室に入った。彼女は、肖像画の歪みよりも、部屋全体に満ちる「愛されたい」という、切実な願いを感知していた。
シャルロッテ姫殿下の魔法は、既に発動していた。彼女は、壁に、虹色の光の点を灯し、その光を、すべての肖像画を包括する、温かい「愛の光」に変えていた。
貴公子は、目を覚ました。彼の顔には、まだ困惑と、自分の「醜態」を見られた羞恥が残っていた。
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「姫殿下……私はなんという醜態を……」と、貴公子は、壁の歪んだ肖像画を指さし、静かに嘆いた。
「これらは、私の『完璧な美しさ』を永遠に閉じ込めたかった、私の病んだ心の記録です。あなたのような純粋な方には、理解できない、醜い欲望です。どうぞお忘れください……」
彼は、自らを責め、王族の「愛」の対極にある、倒錯的な欲望を、敬愛する姫殿下に告白した。
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シャルロッテは、貴公子の告白に、静かに耳を傾けた。彼女は、その「倒錯的な欲望」を、単なる罪として捉えなかった。
「ねえ、お兄さん。歪んだ肖像画が、たくさんあるね。でもね、全部、お兄さんの顔だよ」
シャルロッテ姫殿下は、最も歪んだ肖像画の前に立った。その肖像画は、彼の美しさを病的に強調していた。
「この肖像画は、お兄さんが、自分のことを、一番わかってほしかったって、言ってるよ。完璧じゃなくても、そのままの自分で、愛されたいって、叫んでるの」
そして、シャルロッテ姫殿下は、貴公子の目をまっすぐに見つめた。
「愛はね、完璧な顔じゃなくて、『こんな私でも、愛してくれるかな』って、心配している顔が、一番可愛いんだよ」
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貴公子は、その言葉に、胸を打たれた。彼が求めていたのは、「完璧な美の肯定」ではなく、「醜さや弱さも含めた、自己の存在の無条件の肯定」だった。
シャルロッテ姫殿下は、彼の手を取り、彼を窓辺に連れて行った。
「ね、お兄さん。外を見て。外の世界はね、完璧な四角の建物だけじゃないよ。丸い雲も、不規則な木の枝も、全部あるでしょう?」
シャルロッテは天真爛漫に笑った。
「お兄さんも、それでいいの。もう、自分を完璧に閉じ込めようとしなくていいのよ」
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貴公子は、涙を流し、手の甲に口づけた。
「姫殿下。私は、完璧な美しさよりも、あなたの愛という、最も深い真実を見つけました。私の倒錯は、あなたの愛によって、『自分を愛する勇気』へと浄化されました」
アルベルト王子は、妹の「愛の論理」が、探偵の論理よりも、真実の解決をもたらしたことに、感銘を受けた。
王城の密室の謎は、「究極の自己否定」の裏に隠された、「無条件の愛への渇望」という、最も人間的な真実を、優しく解き明かしたのだった。




