第二百五十六話「古い契約書と、姫殿下の『最後のひらめき』」
その日の午後、王城の執務室は、重い空気に包まれていた。ルードヴィヒ国王が、遥か昔の先王の代に、「一時の窮状を凌ぐため」に交わされた、冷たく、論理的に完璧な、魔的な契約書を発見したのだ。
契約書には、「王国に、莫大な富をもたらす代わりに、代々、王族の『最も尊い知性』を、七世代後に引き渡す」という、恐ろしい条項が記されていた。そして、現在の王族は、まさにその七世代目に当たっていたのだ。
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アルベルト王子とマリアンネ王女は、その契約書の「論理的な抜け道」を探していた。彼らは、契約書の文言、法的な条項、魔力の縛り、すべてを解析したが、恐るべきことにその冷たい論理には、一切の穴がなかった。
「契約は、人間の愚かな欲望によって交わされた。我々の知性では、この論理的な罠から逃れることはできない」と、アルベルト王子は、絶望に苛まれた。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その契約書に、そっと触れた。彼女は、契約書から、「知性を奪うことで、人間を悲しませようとする、邪悪で、しかし論理的な喜び」の魔力を感知した。
「ねえ、モフモフ。この紙は、単なる意地悪なパズルだね」
シャルロッテ姫殿下は、論理的な戦いを放棄し、「愛という、非論理的な概念」で、契約書の基盤を崩すことを決意した。
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シャルロッテは、契約書が求める「最も尊い知性」の定義に焦点を当てた。
シャルロッテは、契約書に向かって、風属性と光属性の魔法を融合させた。
彼女の魔法は、契約書の文言を、物理的に改ざんするのではない。彼女の魔法は、契約書に、「愛とは何か」という、哲学的な問いを、「無数の、小さな光の文字」で吹き付けた。
「ね、この契約書が欲しいのは、『一番かしこい人の知性』でしょう? じゃあ、『愛と知恵、どっちがかしこい?』って、聞いてあげようよ!」
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その瞬間、契約書は、論理的なバグに陥った。
魔的な契約は、「知性」を奪うことはできても、「愛」を奪うという論理を持っていなかった。そして、「愛の持つ無限の知性」を、「有限の知性」として切り分けることができず、契約の根幹が揺らぎ始めた。
シャルロッテ姫殿下は、その論理的な穴を突き、最後の言葉を契約書に投げかけた。
「ね、この契約、『愛する心』を奪えないなら、無効だよね? だって、愛のない知性なんて、全然可愛くないもの!」
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契約書は、シャルロッテ姫殿下の純粋な言葉の力と、愛の無限の知恵によって、音を立てて、紙の束へと還り、魔力を完全に失った。
ルードヴィヒ国王は、娘の英断に涙ぐんだ。
「シャルロッテ。君は、人類の歴史が抱える、最も古い論理の罠を、愛という名の、最も美しい知恵で回避した」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、難しい論理よりも、愛っていうシンプルな答えの方が、ずっと可愛いんだもん!」




