第二百五十一話「王妃の古い鏡台と、静かに開かれる『心の抽斗』」
その日の午後、エレオノーラ王妃は、私的な居室で、祖母の代から伝わる、古びた優雅な鏡台の前に座っていた。鏡台は、王妃の美しさを静かに映す一方で、長年の使用で、一つの小さな抽斗だけが、固く閉ざされたまま、開かなくなっていた。
王妃は、その抽斗の中に、「結婚前の、一人の女性としての、秘められた夢や希望」が詰まっているように感じていたが、その抽斗を開けることができなかった。それは、王妃という役割の中で、「個人の願い」が、どこか深い場所に閉じ込められてしまった、象徴のようだったからだ。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その静かで内省的な空間に入ってきた。
「ねえ、ママ。その鏡台さん、何かを隠してるわ」
王妃は、娘の鋭い指摘に驚いた。
「隠している? これは、単なるただの古い家具よ、シャル」
「ううん、違うよ! この抽斗さん、『開けてほしいけど、開けてほしくない』って、言ってるの。秘密はね、一人で見つけるものじゃないんだよ」
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シャルロッテは、鏡台の前に立った。彼女は、抽斗の固さが、物理的な構造ではなく、王妃自身の「役割への義務感」という、精神的な重みで閉じられていることを感知したのだ。
シャルロッテ姫殿下は、土属性と風属性の魔法を融合させた。
彼女の魔法は、抽斗の木材の原子結合を解くのではなく、抽斗の周囲の王妃が纏う「義務の空気」を、優しく、ごく微細に拡散させた。そして、抽斗の表面に、「一人の女性としての、自由な笑い声」という、温かい魔力を込めた。
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王妃は、その魔力を感じた瞬間、心の中の「義務の鎖」が、フッと緩むのを感じた。抽斗は、魔法的な操作をされずとも、物理的な音を立てて、静かに開いた。
抽斗の中には、宝石や機密文書ではなく、若かりし日の王妃が描いた、自由奔放で、優雅なスケッチの束と、古びた、小さな詩集が入っていた。それは、王妃が、「王族の妻」になる前に、持っていた「一人の女性としての、静かな情熱と、芸術への愛」の証だった。
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王妃は、その中身を見て、涙ぐんだ。彼女は、義務と役割に追われ、「個人の夢」という、最も大切な宝を、心の奥底に閉じ込めていたのだ。
シャルロッテ姫殿下は、母の開かれた抽斗を見て、にっこり微笑んだ。
「ね、ママ。秘密はね、開けると、もっと可愛いのよ」
エレオノーラ王妃は、娘の愛に満ちた知恵に、心から感謝した。
「シャル。あなたは、私に、義務の裏にある、真の私自身を見つけてくれたわ。これからは、王妃としての役割と、一人の女性としての私、両方を、優雅に愛していけるわ」
シャルロッテ姫殿下の純粋な哲学は、「大人の役割」の重圧を、「個人の愛と情熱」という、最も美しい形で解放したのだった。
 




