第二百五十話「庭園の色の乱れと、お姉様の『悲しみの転移』」
その日の午後、王城の庭園は、秋の穏やかな日差しに包まれていた。しかし、庭園の一部に、説明のつかない、奇妙な「色の乱れ」が生じていた。
本来、鮮やかな赤であるはずの薔薇の花びらが、ごく薄い、曖昧な灰色に変化し、隣に咲くはずのない、真冬の雪のような白い花が、不自然な形で咲いていた。庭師ハンスも、この魔力的な原因ではない、「感情の干渉」による現象に頭を悩ませていた。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、その「色の乱れ」の場所へ向かった。彼女の鋭い感受性は、その場所に、「特定の誰かの、深い悲しみ」が、「無意識に、植物の色彩という、別の場所へ転移してしまった」ことを感知した。
「ねえ、モフモフ。このお花、お姉様の代わりに、泣いてるんだよ」
その悲しみの源は、イザベラ王女だった。イザベラは、公務で小さな失敗を犯した際、「王族としてのプライド」から、悲しみを心に深く閉じ込めていた。その「押し殺した悲しみ」の魔力だけが、庭園の植物の色彩という、無関係な場所へと転移し、色の乱れを生じさせていたのだ。
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シャルロッテ姫殿下は、イザベラの許へは行かなかった。彼女は、「誰にも気づかれないところで、悲しんでいるお姉様の心を、さらに暴く」ことは、愛ではないと知っていた。
シャルロッテ姫殿下は、その「悲しみの転位」を、優しく元に戻すことを決意した。
彼女は、灰色になった薔薇に、そっと触れた。そして、光属性と共感魔法を応用した。
「薔薇さん、今までごめんね。でももう大丈夫。お姉様の悲しみは、お姉様の心に、優しく帰る時間だから……」
彼女の魔法は、灰色になった薔薇の色彩を、「悲しみを否定せず、優しく受け止めた、静かな、しかし深い赤」へと戻した。そして、その色彩が戻ると同時に、シャルはイザベラ王女の心の中に、「小さな、泣き笑いのような、感情の解放」という、温かい波動を共に送った。
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その瞬間、王城の別室にいたイザベラ王女は、突如として、温かく深い安堵感に包まれた。彼女は、何が起こったのか分からなかったが、心の中で、「ああ、わたしは泣いてもいいんだ……」と、許されたのを感じた。
イザベラ王女は、庭園にいる妹の元へ駆けつけた。
「シャル! 私、あなたが……あなたが、私の心が、軽くなる魔法をかけてくれたのね」
シャルロッテ姫殿下は、何も言わず、イザベラ王女の手を握った。
「ね、お姉様。悲しい時は、ちゃんと泣くのが、一番可愛いんだよ! 我慢したらだめなんだよ!」
「シャル……」
シャルロッテ姫殿下の純粋な愛は、「感情の転位」という、複雑な心の機微を、「素直な自己受容」という、最も温かい形で救済したのだった。




