第二百四十八話「大食堂の銀の魚と、兄たちの『秘密のサイン』」
その日の朝食は、王城の大食堂の大きな窓から差し込む、強すぎるほどの、眩しい光に満ちていた。テーブルには、王族の朝食が並び、その一角に、小さな銀細工の魚の形の装飾を施したバターナイフが置かれていた。
そのバターナイフは、誰も気に留めない、ごくありふれた銀食器の一つだった。
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しかし、シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その銀の魚を、じっと見つめていた。彼女の目には、その魚が、「家族の、言葉にならない、秘密のやり取り」のサインとなっていることが見えていた。
「ねえ、モフモフ。このお魚さん、誰かに、何かを教えてあげたいんだって」
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シャルロッテ姫殿下は、二人の兄の行動を観察した。
アルベルト王子は、難しい政務の書類を読むふりをしながら、銀の魚のバターナイフを、自分のパンの皿の隅に、わざと転がす。
次に、フリードリヒ王子は、豪快に肉を切り分けながら、パン皿から転がり落ちたナイフを、一瞬の間に、アルベルトのナイフの隣に戻す。
この一連の、誰にも気づかれない、静かで、無意味な動作の連鎖が、毎朝、繰り返されていたのだ。
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シャルロッテ姫殿下は、共感魔法を応用し、二人の兄の心の声を読み取った。
(ああ、忙しすぎて、フリードリヒと会話する時間がない。せめてこのナイフを転がすことで、『君に、愛のサインを送っているぞ』と伝えよう)
(アルベルト兄さんが、忙しさで疲れている。このナイフを戻すことで、『大丈夫、兄上。俺が支えているぞと、無言で返事をしよう)
銀の魚のバターナイフは、「忙しさゆえに、言葉を失った兄たちの、究極の愛の通信機」だったのだ。
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シャルロッテは、その秘密の美しさに、心から感動した。彼女は、言葉のない、その静かな愛の連鎖を、否定することはしなかった。
シャルロッテ姫殿下は、自分のナイフを、テーブルの端から、わざと床に落としてみた。
「あっ!」
アルベルトとフリードリヒは、一瞬で、妹の行動に注目した。二人は、ナイフを拾うため、同時にテーブルの下に潜り込んだ。
テーブルの下で、二人の兄は、妹の純粋ないたずら心のおかげで、久しぶりに顔を合わせ、笑い合いながら、互いの背中を叩いた。
「兄上、疲れていませんか」
「大丈夫だ、フリードリヒ。君がいてくれるから」
シャルロッテ姫殿下は、テーブルの上で、風属性魔法を応用し、床から拾い上げられた自分のナイフを、優雅に、空中で七回転させ、再び自分の皿の横に置いた。
「ね、お兄様たち。『ありがとう』って言葉は、銀の魚よりも、顔を見て言うのが、一番可愛いんだよ!」
二人の兄は、妹の無邪気な愛の仕掛けに、心から感謝した。その日の大食堂の朝食は、銀の魚という小さなモチーフを通して、無言で交わされる、静かで深い、家族の愛に満ちていたのだ。
 




