第二百四十六話「地下金庫の影と、姫殿下が救う『貧しい正直』」
その日の深夜、王城の地下深くにある金庫室の周囲は、不穏な空気に包まれていた。一人の中年の書記官が、家族の病苦と、その治療費の困窮から、ごく少額の金貨を横領しようと、秘密裏に金庫室に忍び込んでいた。
彼は、「家族への愛」と「罪悪感」という、激しい葛藤で引き裂かれ、手が震えていた。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、その書記官の「苦悩の魔力波動」を、自室で感知していた。彼女は、それを「犯罪」という枠ではなく、「救いを求めている、切実な愛の叫び」と捉えた。
シャルロッテは、王族の誰も使わない秘密の通路を通り、書記官の背後に音もなく現れた。
「だ、誰だ!」と、書記官は、金貨の袋を持ちながら震えた。
シャルロッテは、書記官を責めず、その優しさで、すべてを語らせた。書記官の妻が、「王族の特別治癒魔法」の対象外となる、極めて珍しい難病を患っており、その治療費が、彼の生活を破綻させていたのだ。
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「おじさんの事情はわかったわ! でもね……」
シャルロッテ姫殿下は、その場で、書記官に二つの選択肢を与えた。
「おじさん、盗んだお金は、誰も幸せにしないよ。でもね、『勇気』を出して、正直な気持ちを王様に伝えれば、みんなが幸せになれるよ」
シャルロッテは、横領をやめさせた後、「魔法の力」ではなく、「情報」と「正当なルート」という、現実的な手段を用いた。
まず彼女は、マリアンネ王女から得た知識を元に、書記官の妻の病気が、王城の治癒士団ではなく、隣国のフレデリア公国の民間医療が開発した特殊なハーブ治療で治癒可能であるという極秘情報を、書記官に教えてあげたのだ。
そのうえで彼女は、王家の「緊急困窮者向け特例融資制度」の申請書類を、書記官に手渡した。そして、その書類に、「この病は、王国の治癒魔法の進歩のための、重要な研究テーマである」という、マリアンネの署名入りの「王家の論理」を付け加えるよう、助言したのだ。
「この書類が、おじさんの奥さんを治す、一番可愛い手紙だよ。正直な手紙は、必ず届くから」
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翌朝、ルードヴィヒ国王とアルベルト王子は、執務室で、書記官からの横領の懺悔と、特例融資の申請という、二つの重い書類を受け取った。
アルベルト王子は、マリアンネの署名と、病の珍しさを見て、「この病を研究することは、王国の治癒魔法の進歩に不可欠である」と判断。資金の融資を即座に決定した。
ルードヴィヒ国王は、書記官の正直さと、その裏にある「家族愛」を深く肯定した。
「彼は、罪を犯そうとしたが、最終的に、愛という名の正直さを選んだ。我々は、その愛に報いるべきだ」
国王は、書記官の負っていた全ての借金を肩代わりし、さらに、フレデリア公国への治療の旅費を、全額支給することを決断した。
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数ヶ月後、書記官の妻は完治し、書記官は王城に忠誠を尽くした。
彼は、シャルロッテの元へやってきた。
「姫殿下。私の妻は、姫殿下の『正直な知恵』のおかげで救われました……」
彼は涙ながらにそう話し、額を床にこすりつけんばかりに平伏した。
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、隠し事よりも、正直な気持ちの方が、いっつもみんなを助けるんだもん!」
シャルロッテの純粋な愛と、現実的な知恵は、「法と愛の論理的融合」という、究極のハッピーエンドを成就させたのだった。




