第二百三十五話「大食堂の銀食器と、姫殿下の『空中アクロバット』」
その日の朝、王城の大食堂は、賓客を迎える準備のため、特に厳粛な雰囲気に包まれていた。執事オスカーは、一寸の狂いもないよう、銀食器の配置をチェックしていた。
「カトラリーは完璧です。フォークとナイフの間隔は、正確に1.2センチ!」
オスカー執事の完璧主義は、その日の大食堂の静かなる規律を象徴していた。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その厳粛な準備の様子を、とても「可愛くない」と感じていた。彼女の目には、完璧に並んだ銀食器が、「触れられることを待っている、寂しい兵隊たち」に見えた。
「ねえ、オスカー。この食器たちはみんな、かくれんぼがしたいんだよ!」
「姫殿下! いけません! カトラリーは、静かに待つのが職務でございます!」
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シャルロッテ姫殿下は、オスカー執事の「規律」に、「遊び」という名の、ユーモラスな挑戦を仕掛けた。
シャルロッテ姫は、浮遊魔法と風属性魔法を融合させた。
彼女の魔法は、大食堂の全ての銀食器を、一瞬にして、空中に浮かせた。フォーク、ナイフ、スプーン、そして塩胡椒の容器に至るまで、すべてが、天井のシャンデリアの下で、不規則な、愉快な集団ダンスを始めた。
「ああ、シャルロッテ様、なんということを!」
それは、「銀食器の空中アクロバット」という、ドタバタコメディの始まりだった。
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オスカー執事は、顔面蒼白になった。彼の「1.2センチの美学」は、一瞬で、「無秩序なカトラリーの群れ」という、悪夢へと変わったのだ。
「ああっ! これはいけません! 皿が! お皿も浮き始めました!」
皿が、空中で茶目っ気たっぷりに、カタカタと音を立てた。
そこに、ルードヴィヒ国王とエレオノーラ王妃が、騒ぎを聞きつけてやってきた。
国王は、その光景を見て、最初は怒ろうとしたが、空中を優雅に、しかしユーモラスに踊る銀食器を見て、思わず大笑いした。
「ハッハッハ! エレオノーラ! これぞ、王城の朝の最も愉快な儀礼ではないか!」
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シャルロッテは、空中を踊る銀食器たちに、にっこり微笑んだ。
「ね、オスカー。誰にも触られず、静かにしているよりも、みんなで、ぎゅうぎゅうになって踊る方が、ずっと楽しいでしょう?」
シャルロッテが、そっと魔法を解くと、全ての銀食器は、完璧に、元の位置へと、音もなく戻った。
オスカー執事は、銀食器の正確な復帰を見て、驚愕した。
「ふむ。銀食器は、遊びを経験したことで、以前よりも、王族の食卓を支える覚悟ができたようですな」
シャルロッテ姫殿下の純粋な遊び心は、王城の厳粛な規律を、「ユーモラスな愛の秩序」へと変貌させたのだった。




