第二百三十三話「夜空の静寂と、王妃の『古い小さな望遠鏡』」
その日の深夜、王城は深い闇に包まれていた。シャルロッテ姫殿下は、寝付けずにいると、母であるエレオノーラ王妃が、古い、真鍮製の小さな望遠鏡を持って、薔薇の塔のバルコニーに立っているのを見つけた。
王妃の横顔は、夜の光を浴びて、静謐な美しさを湛えていた。彼女の瞳は、遠い夜空の一点に、深く集中していた。
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「ママ。そんなところで、何を見ているの?」
王妃は、娘の気配に気づき、静かに微笑んだ。
「シャル。この望遠鏡は、あなたのお祖父様が、若い頃、私に贈ってくれたものよ。『人生に迷ったら、あなたから最も遠いものを見なさい』とおっしゃってね」
王妃は、娘に望遠鏡を覗かせる。
望遠鏡が映し出したのは、無数の、微細な、しかし力強い光の点。それは、遥か遠い宇宙の星々だった。
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「ねえ、ママ。この星、なんでこんなに小さいの?」
「そうね、シャル。遠すぎて、私たちは、その星の真の大きさを知ることはできない。しかし、知っているかしら。私たちが今見ているあの光は、もう何百年前、何千年も前に、星が旅立った光なのよ」
シャルロッテ姫殿下は、その言葉に、胸を打たれた。
「わあ……。そんな昔の光が、まだ、私たちを照らしてくれているんだね」
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エレオノーラ王妃は、娘の愛らしい、しかし深い洞察に、頷いた。
「そうよ、シャル。人生も同じ。私たちが、誰かに向けて送った『愛の光』は、その人が、たとえその場にいなくなっても、時間と空間を超えて、その人を温め続けるのよ」
王妃の言葉は、「目に見えない愛の持続性」という、人生の最も温かい真理を語っていた。
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シャルロッテ姫殿下は、自分の「可愛い」の哲学が、「無所有の自由と、感情の純粋な表現」という深い哲学に通じていることを悟った。
彼女は、望遠鏡に、光属性魔法を応用した。その魔法は、遠い星々の光に、「誰かを思う、温かい感情」という、微細な波動を加えた。
「ね、ママ。これで、お空の星も、もっと優しくなったよ!」
王妃は、娘の愛に満ちた仕草に、涙ぐんだ。
「シャル。あなたは、遠い宇宙の寂しさを、愛の光で満たしているのね」
その夜、王城のバルコニーには、親子三代の、愛と時間と宇宙を巡る、静かで、温かい絆が、夜空の光のように美しく輝いていた。




