第二百三十二話「古びた椅子のガタつきと、王子の『動かない論理』」
その日の午後、王城のアルベルト王子の執務室は、小さな不協和音に悩まされていた。アルベルト王子が座る、格式ある古い木製の椅子が、座るたびに「ギッ、ギーッ」と不規則なガタつき音を立てるのだ。
アルベルト王子は、そのガタつきが、自分の「論理的な思考」を邪魔すると感じ、苛立っていた。
「まったく、この椅子は、僕の思考の邪魔をする、非合理の極みだ! すぐに交換させるべきだ!」
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その騒動を見ていた。彼女の目には、椅子が「交換されたくない」と、必死に抵抗しているように見えた。
「ねえ、兄様。その椅子、泣いてるよ」
「泣いている? シャル。これは単なる物理的な椅子のガタつきだ。感情などない」
シャルロッテは、兄の「論理的すぎる」判断に、優しく反論した。
「ううん、違うよ。この椅子はね、『私が、ここに座る兄様を、一番長く支えてきたんだから……それを忘れたの!?』って、怒ってるんだよ」
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シャルロッテ姫殿下は、椅子に、土属性魔法を応用した。彼女の魔法は、椅子のガタつきを止めるのではなく、ガタつきの原因となっている、わずかな足の長さの違いを、「椅子の個性」として固定し、その個性を肯定した。
そして、シャルロッテ姫殿下は、椅子のガタつく足元に、ごく小さな、古いハンカチをそっと挟み込んだ。
「ね、兄様。これで、大丈夫だよ!」
その処置により、椅子のガタつきは、ピタリと止まった。
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アルベルト王子は、妹のユーモラスな解決法に、呆然とした。
「ハンカチ……。魔法的な技術ではなく、最も素朴な、庶民的な知恵で解決しただと……?」
シャルロッテ姫殿下は、兄の論理の限界を、優しく指摘した。
「兄様はね、難しい論理で解決しようとしたから、難しかったの。でもね、『この椅子の気持ちを、どうにかして助けてあげたい』って、優しく思えば、ハンカチで、十分なのよ!」
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アルベルト王子は、妹の言葉に、心から感銘を受けた。彼は、自分の知性が、「常識的な解決策」という、四角四面の枠組みに囚われていたことを悟った。
「シャル。君は、私に、真の賢さとは、『論理の厳密さ』ではなく、『遊び心と、素朴な愛』にあると教えてくれた。君はいつもぼくにとって、聡明な教師であるんだな」
アルベルト王子は、執務室の椅子を交換しなかった。そして、椅子がガタつくたびに、ハンカチの位置を調整し、「王子の素朴な知恵」として、大切にした。
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、難しい論理よりも、ハンカチのほうが、世界を平和にするんだもん!」
 




