第二百三十一話「夜会の『白い手袋』と、お姉様の届かぬ憧憬」
その日の夜、王城の大舞踏会は、シャンデリアの光が降り注ぐ、まばゆいばかりの華やかさに包まれていた。第一王女イザベラは、最も豪華な純白のドレスを纏い、社交界の中心で優雅に微笑んでいた。
しかし、イザベラの心には、冷たい影が落ちていた。彼女は、舞踏会の華やかさの中で、ある一人の、手の届かない貴公子に、激しい憧憬の念を抱いていたのだ。その貴公子は、彼女の優雅さにも、王族の地位にも関心を示さず、ただ静かに、夜空を見つめていた。
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イザベラは、その憧れを伝えるため、純白の長い手袋を、緊張で強く握りしめていた。その手袋は、彼女の「秘めたる情熱」と同時に「高すぎるプライド」の象徴だった。
「わたくしは、王女よ。この憧れを、優雅に、完璧な形で伝えなければならない」
しかし、彼女の「完璧であろうとする感情」が、皮肉にも一歩を踏み出す勇気を奪っていた。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、舞踏会の隅からその様子を見ていた。彼女の目には、イザベラお姉様が、「恋の炎」と「プライドの氷」という、二つの感情の激しい対立に苦しんでいることが見えていた。
「ねえ、モフモフ。お姉様の愛は、氷漬けになっちゃってるね」
シャルロッテは、その愛の凍結を解くことに決めた。
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シャルロッテ姫殿下は、イザベラの元へ歩み寄り、彼女の手袋に包まれた手に、そっと触れた。
「お姉様。その手袋、窮屈だよね。愛はね、優雅なマナーには縛られないの」
シャルロッテは、風属性と光属性を融合させた。
彼女の魔法は、手袋に「素直な愛の衝動」という、優しい風を送り込んだ。手袋は、イザベラの手から、フワリと、優雅に解き放たれ、空中に舞い上がった。
そして、シャルロッテ姫殿下は、空中に舞う手袋に、時間魔法を応用した。手袋は、舞踏会場の、高い天井に、ゆっくりと、永遠に留まるように固定された。
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イザベラは、手袋を失った手を見て、一瞬、動揺した。しかし、手袋から解放されたことで、「王女の仮面」から意識は解放された。同時に純粋な「愛したい」という感情が、溢れ出した。
シャルロッテ姫殿下は、優しく言った。
「ね、お姉様。愛は、優雅な言葉じゃなくて、そのままの気持ちだよ。走って行って、裸の気持ちで、話しかけてみたほうがいいんじゃなくって?」
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イザベラは、妹の無垢な愛の力に後押しされ、裸の手で、憧れの貴公子の許へ走った。彼女は、王族の地位や、優雅なマナーを忘れ、純粋な心で、彼に語りかけた。
貴公子は、イザベラの「完璧な王女」という像の裏にあった、「情熱的で素直な心」に魅了され、初めて心からの笑顔を見せた。
アルベルト王子は、空中に留まる手袋を見て、静かに感動した。
「シャルは、『愛という名の永遠の時間』を、イザベラにプレゼントしたのだな」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、愛はね、優雅な仮面よりも、裸のそのままの気持ちの方が、ずっと可愛いんだもん!」




