第二百二十四話「宝物庫の鍵と、王女の『語られる幸福』」
その日の午後、王城の宝物庫は、厳重な警備のもと、一般公開されていた。しかし、誰もが、その中に展示された歴代の王の宝を見ても、心からの満足を得られずにいた。宝物は、冷たいガラスケースの中で、「誰かに、その価値を語ってもらうことを待っている、寂しい存在」として映っていた。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、その宝物庫の中央に座っていた。彼女は、人間が持つ「幸福は、誰かに語ることで初めて真実となる」という、深層心理の法則を思い起こしていた。
「ねえ、モフモフ。この宝石さんたち、誰にも『可愛いね』って言ってもらえないから、寂しいんだよ」
そこに、王城一の知識人であるマリアンネ王女が、宝物庫の前に立っていた。彼女は、宝物の歴史的価値を分析し、「知識」で宝物を理解しようとしていたが、やはり心が満たされないでいた。
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シャルロッテはマリアンネに、光属性魔法を応用した。
彼女の魔法は、宝物全体に、「記憶の再生」という、魔法の波動を送った。その波動は、宝石の持つ、遥かな過去の記憶を呼び覚ますものだった。
「ね、お姉様。この宝石さんたちが、自分の物語を話してくれるよ!」
一瞬、宝物庫全体が、虹色の、微細な光の粒子に包まれた。
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マリアンネ王女が、ある巨大なサファイアに、そっと触れた。すると、サファイアから、かすかな、しかし切実な「声」が聞こえてきた。
「わたしは、昔、ある兵士の妻に買われました。夫の無事を祈る、静かな涙が、私に染み込んでいます。私は、高貴な宝石ではありません。ただ誰かを思いやる、その一瞬の愛の証として、ここにいるのです」
次に、ある古びたエメラルドが、別の声で語り始めた。
「私は、ある庭師が、姫の笑顔のために、生涯をかけて貯めたお金で買われた緑の光だ。私の価値は、私の重さではない。誰かに、喜びを与えたい、その献身の時間で決まるのだ」
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マリアンネ王女は、その宝石たちの「物語」に、涙ぐんだ。彼女が知っていたのは、「サファイアは純度99%」「エメラルドは古代の儀式に使われた」という冷たい知識だけだった。しかし、シャルロッテ姫殿下の魔法は、宝石の「感情的な真実」を語らせたのだ。
マリアンネ王女は、宝石の物語と、自分の過去の記憶を重ね合わせ、悟った。彼女は、宝石の歴史的価値ではなく、「純粋な献身という、愛の記憶」こそが、真の富であることを悟った。
「シャル……宝物の価値は、その石が、どれだけの愛を宿したか、なのね」
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シャルロッテは、にっこり微笑んだ。
「ね、お姉様。宝物はね、黙っていると、寂しいのよ。だから、誰かに自分の可愛い物語を、お話してあげるのが、一番大切なの!」
アルベルト王子は、妹の純粋な愛の哲学に感動した。
「王国の宝は、金銀財宝ではない。人々の、語り継がれるべき、純粋な愛の物語なのだ」
シャルロッテの純粋な愛の哲学は、冷たい物質主義の価値観に、「真の宝とは、記憶と愛の波動である」という、温かい真理をもたらしたのだった。




