第二百十九話「執事オスカーの秘密と、『高すぎるティーカップ』」
その日の午後、王城の一室で、オスカー執事は、隣国の貴族を迎えるための、極めて繊細な茶会の準備に、神経をすり減らしていた。隣国の貴族は、人並み外れて背が高く、その体格に反して、極めて繊細で神経質だという。
「いかん。テーブルや椅子の高さが、賓客の体格に合わない。これでは、賓客が不快になり、外交問題に発展しかねません!」
オスカー執事は、「他者の特異な身体的特徴への配慮*という、究極のホスピタリティを追求していた。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その準備の様子を見ていた。
「ねえ、オスカー。なにがそんなに大変なの?」
オスカー執事は、テーブルの上の小さなティーカップを指さし、真面目な顔で説明した。
「姫殿下。今日の賓客は、その身長の高さゆえに、一般的なティーカップでは、茶を飲む際に、不自然に前かがみにならざるを得ません。それは、彼の精神的な尊厳を損ないます。何とか、彼の目線と口元に、ティーカップを合わせる必要があるのです!」
オスカー執事は、体格が合わないティーカップを、無理やり本棚の上に置いたり、椅子の上に積み重ねた本の上に置いたり、奇妙な試行錯誤を繰り返した。その滑稽な様子は、究極の配慮が引き起こすドタバタだった。
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シャルロッテ姫殿下は、オスカーの「他人への過剰なまでの配慮」に、心を打たれたが、その方法が全然可愛くないことに気づいた。
「オスカー、ダメだよ! そんな危ないことしたら、お茶がこぼれちゃう!」
シャルロッテ姫殿下は、土属性魔法と浮遊魔法を応用した。
彼女は、ティーカップの下にごく微細な透明な土の台座を創り出し、その台座に、浮遊の魔力を与えた。
「ね、オスカー。ティーカップさんに、自分の足で立ってもらうのよ!」
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やがて賓客が部屋に入ってきた。彼は、体格に合わないテーブルの高さに、一瞬顔を曇らせた。
しかし、彼の目の前には、まるで無重力のように、彼の口元と正確に同じ高さで、ふわりと浮かぶティーカップが置かれていた。
賓客は、ティーカップに触れることなく、茶を飲むことができた。それは、「ティーカップが、自ら賓客の尊厳を支えている」という、究極のホスピタリティだった。
賓客は、その光景に、驚愕と、心からの感動を覚えた。
「これは……これは、精神的な美学だ! ティーカップが、私に、自分の体格を誇りに思えと教えてくれた!」
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オスカー執事は、この成功が、自分の力ではなく、姫殿下の魔法によるものだと悟った。
シャルロッテ姫殿下は、にっこり微笑んだ。
「ね、オスカー。人に優しくするって、難しい道具を使うんじゃなくて、魔法で、相手が一番可愛いポーズをさせてあげることなんだよ!」
姫殿下の純粋な愛の哲学は、「特異な個性への過剰な配慮」を、「個人の尊厳を支える、最も優雅な魔法」へと昇華させたのだった。




