第百二十三話「マリアンネの結晶の失敗と、姫殿下の『真の専門家』」
その日の午後、マリアンネ王女の研究室は、静かな絶望に包まれていた。マリアンネ王女が、数週間かけて開発していた、「魔力を完全に結晶化させる」という、極めて困難な実験が、最後の段階で、完全に失敗したのだ。
研究の権威である彼女の失敗は、研究員たちに大きな衝撃を与えた。マリアンネ王女自身も、自分の「知性の完璧さ」への過信が崩れ、深い自己嫌悪に苛まれていた。
「おかしいわ。全ての理論、全ての計算は完璧だったはず。なぜ、この結晶は、濁って、二度と光を放たなくなったの……」
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、研究室へやってきた。彼女は、マリアンネ王女の持つ、「完璧主義者の挫折」という、冷たい悲しみの魔力を感知していた。
「ねえ、お姉様。その結晶さん、怒ってるよ」
「怒ってる? なぜ?」
シャルロッテ姫殿下は、失敗した濁った結晶に、そっと触れた。
「だってね、お姉様。この結晶、お姉様に、優しくしてほしかったのに、『完璧に! もっと完璧に!』って、怒られて、泣いちゃったんだよ」
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シャルロッテ姫殿下は、「完璧さの追求」という、大人の論理の裏に隠された、「物への愛情の欠如」を指摘した。
シャルロッテ姫殿下は、マリアンネ王女の手に、同じ粘土で、不揃いな形を作った、小さな泥の塊をそっと置いた。
「ね、お姉様。この泥の塊は、完璧じゃないよ。でもね、触ると温かいの。だって、わたしが、ニコニコしながら作ったから」
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シャルロッテ姫殿下は、マリアンネ王女に、「失敗」という現象を、「愛の不足」という視点から再解釈させた。
マリアンネ王女は、自分の研究が、いつしか「愛」を欠き、「完璧な結果」という、冷たい目標に支配されていたことに気づいた。彼女は、「名人であっても、愛を欠けば、結果は濁る」という、最も根源的な真理を悟った。
マリアンネ王女は、失敗した結晶を、そっと抱きしめた。
「ごめんなさい……。私は、あなたに、愛を与えることを忘れていたわ」
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その瞬間、濁っていた結晶は、シャルロッテ姫殿下の魔法ではなく、マリアンネ王女の心からの謝罪という、純粋な愛によって、ごく微かに、澄んだ光を放った。
アルベルト王子は、妹の知恵に感銘を受けた。
「シャルロッテは、技術の過信を、謙虚さという、最も美しい美徳で打ち破ったのだな」
シャルロッテ姫殿下は、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、失敗ってね、『もっと優しくしてね』って、教えてくれる、可愛い合図なんだもん!」
シャルロッテ姫殿下の純粋な愛の哲学は、「専門性の極限」よりも、「愛の謙虚さ」が、真の成果をもたらすことを証明したのだった。




