第二百十二話「王城大騒動と、姫殿下の『しゃっくりの愛の連鎖』」
その日の午後、王城は、未曾有の事態に直面していた。シャルロッテ姫殿下のしゃっくりが、止まらなくなったのだ。
「ひっく! ひっく! ひっく!」
その愛らしい、しかし規則正しい音は、王城の静寂を打ち破り、王族全員をパニックに陥れた。
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アルベルト王子は、知性と論理で解決を試みた。彼は、医学書を広げ、しゃっくりの原因である横隔膜の痙攣を止めるため、妹に「ごく正確なタイミングでの、最大酸素吸入」を要求した。
「シャルロッテ、いいかい! 私の指揮に合わせて、一秒で吸って、五秒で止める!」
しかし、シャルロッテ姫殿下は、「ひっく!」という音を優先し、その完璧なタイミングを、いつもコンマ数秒だけずらしてしまったため、試みは失敗に終わった。
フリードリヒ王子は、力と情熱で解決を試みた。彼は、「しゃっくりは、驚きで止まる!」という単純な理論に基づき、騎士団の訓練中に使う、巨大な魔導大砲を庭園に運び込み、空砲を鳴らそうとした。
「シャル! 兄ちゃんが、人生で一番の驚きをプレゼントしてやる!」
この試みは寸前のところで、王族全員によって止められたが、その情熱的な発想に、みなが顔面蒼白になった。
マリアンネ王女は、しゃっくりの音の波形を解析し始めた。
「この音の周波数は、『幸福感』と『混乱』が混ざっているわ! 論理的な刺激で、思考を集中させれば止まるはずよ!」
彼女は、妹の目の前で、「円周率の無限の数字」を、高速で暗唱し始めた。しかし、シャルロッテはその無意味な数字の羅列にただぽかんとするだけだった。。
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ルードヴィヒ国王は、娘のしゃっくりが止まらないのを見て、涙ぐみ、「私が我が宝の身代わりになろう!」と、しゃっくりの魔法を自分に移そうとしたが、王妃に止められた。
オスカー執事は、「お湯を飲む」という最も古典的な方法を試みようとしたが、熱いお湯が、焦るあまり、彼の口ひげにかかり、ひとりだけの静かなドタバタコメディを繰り広げた。
「ひっく! ひっく!」
そうしている間もシャルロッテのしゃっくりは止まらない。
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全員がもうだめかとあきらめたその時。
シャルロッテのしゃっくりが、突然、ピタリと止まった。
誰もが、何が起こったのか、理解できなかった。
シャルロッテ姫殿下は、顔を上げ、にっこり微笑んだ。
「ねえ、みんな。しゃっくり、止まったよ!」
「なぜだ!? なぜなんだ!?」と、王族全員が叫んだ。
シャルロッテは、笑いながら答えを教えてくれた。
「だってね、わたし、モフモフが、しゃっくりを始めちゃったんだもん!」
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その瞬間、全員の視線が、シャルロッテ姫殿下の膝の上に移った。
モフモフは、姫殿下の騒動が収まり、安心した拍子に、小さな「ひっく」という、愛らしいしゃっくりを、始めたところだった(クマもしゃっくりをするんだ!?)。
モフモフの「ひっく」という音を聞いたシャルロッテ姫殿下は、「しゃっくりは、私だけの病気じゃないんだ!」という、純粋な共感と、「モフモフのしゃっくりが可愛い」という、究極の幸福感に襲われ、自分のしゃっくりを完全に忘れてしまったのだ。
王族全員は、その愛らしい、そして非論理的な結末に、抱き合って笑った。
「愛と幸福感が、どんな論理よりも強いのだな!」
シャルロッテのしゃっくりは、家族の愛と、モフモフへの共感という、最も可愛い方法で治癒されたのだった。




