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第十七話「ふわふわの真実と、可愛くない商売の顛末」

 城下町の一角にある新しい店は、連日賑わっていた。店主は、ゲオルグという名の、計算高く口達者な男だった。彼は、「魔法の道具」と称して、実際は低品質の素材に微弱な魔法をかけただけの高額な商品を売りつけ、法に触れないギリギリのラインで利益を上げていた。


 彼の商売のおかげで、町の古くから続く職人たちは客を奪われ、城下町には不満と不信感が渦巻いていた。


 王の執務室では、この問題がアルベルトの頭痛の種になっていた。


「法的には問題ない。しかし、ゲオルグの商売は、王国の理念である『民の幸福』を損なっている」


「ちくしょう! やっぱり俺が店をぶっ壊して、反省させてやる!」と、フリードリヒが拳を握りしめた。


「力はダメよ。暴力は、可愛くない!」


 シャルロッテは、兄たちの間に割って入った。


「ねえ、アルベルト兄様。前に言ったでしょう? あの人、きっと、自分の商売がみんなを幸せにしているって、勘違いしてるだけだよ。だから、ふわふわの真実で、優しく教えてあげるの!」


「ふわふわの真実、か。……承知した、シャル。その知恵を借りよう」



 翌日、シャルロッテは、専属メイドのエマ、そして護衛のオスカー、アルベルトと共に、ゲオルグの店を訪れた。


「いらっしゃいませ! おや、三女殿下と第一王子殿下! これは光栄でございます!」


 ゲオルグは、計算高い笑顔で、深々と頭を下げた。


「あのね、ゲオルグさん。あなたのお店、評判なんだってね。このお店に来たお客さん、みんな幸せなの?」


 シャルロッテは、大きな翠緑の瞳で、純粋な疑問を投げかけた。


「もちろんでございます、殿下! 私の『魔法の照明』は、これまでのランプよりずっと明るく、お客様は皆、その便利さに幸福を感じておられます!」


「ふーん……」


 シャルロッテは、店に並べられた、やたらと派手な「魔法の照明」を手に取った。それは、確かに明るいが、光がぎらぎらと眩しいだけで、温かみがなかった。


「ねえ、ゲオルグさん」


 シャルロッテは、アルベルトの方を振り返った。


「アルベルト兄様、『みんなの幸せが見える魔法』をかけて!」


 アルベルトは、すぐに妹の意図を察した。彼は、優雅な所作で光属性魔法を放ち、店内にいる客一人一人の表情を、わずかに発光させた。幸福感に満ちた笑顔は、温かい金色に輝く。


 しかし、ゲオルグの店にいる客の顔は、誰も光っていなかった。むしろ、無理に笑っている者や、高額な商品を買わされて後悔している者など、皆どんよりとした灰色だった。


「あら? ゲオルグさん。おかしいね」


 シャルロッテは、困ったように首を傾げた。


「誰も幸せじゃないよ? みんな、悲しい灰色だもの」


「な……!?」


 ゲオルグの顔から、一瞬にして計算高い笑顔が消え失せた。彼は、王族の面前で、自分の商売の「真実」を突きつけられたのだ。


「私の魔法の光は、人が心から幸せな時にしか、金色に輝かないの。みんなが悲しい顔をしてるのに、どうしてあなたは『幸せ』って言えるの?」


 シャルロッテは、彼を責めることなく、ただ純粋な事実を突きつけた。


「ねえ、ゲオルグさん。誰かを悲しませてする商売は、ぜんぜん可愛くないよ。可愛くないことをすると、ね、心がどんどん暗い色になっちゃうんだよ」



 その言葉は、まるで魔法のようにゲオルグの心に響いた。彼は、この小さな第三王女が、彼を裁くのではなく、ただ彼の心の「可愛くない部分」を心配しているのだと悟った。


「殿下……私は……」


 言葉に詰まるゲオルグに、アルベルトが静かに声をかけた。


「シャルロッテの言う通りだ。我々は、お前の商売を力で罰することはできる。だが、それでは何も生まれない。お前の商売が、本当に人々の心を温かくする()()()()()()()()()()()、我々はそれを支援しよう」


 アルベルトは、シャルロッテの「幸福度」という軸で、法を再解釈する柔軟さを見せた。


「あなたが、人々の心を金色に輝かせる照明を作れるなら、王城の温室にも飾らせてもらおう」



 ゲオルグは、その日から商売のやり方を一変させた。彼は、今まで騙していた客に謝罪し、商品を適正な価格に戻した。そして、シャルロッテの「光属性魔法は温かくなければ」という助言を受け、王城の魔法研究室の資料を参考に、本当に人々の心を温かくする「温かい照明」の研究を始めた。


 数ヶ月後、ゲオルグの店は、新しい名前で再出発した。


 彼は、本当に心を込めて作った「温かい光のランタン」を、城下町の人々に適正価格で売り始めた。そのランタンの光は、彼の店の評判と、人々の信頼を取り戻していった。


 シャルロッテが、再びゲオルグの店を訪れた時。


 「いらっしゃいませ、三女殿下!」


 ゲオルグの店の客の顔は、皆、温かい金色に輝いていた。そして、ゲオルグ自身の顔も、初めて心からの安堵の光を放っていた。


「わあ! ゲオルグさん、やっと可愛い商売になったね!」


 シャルロッテは、心から喜んで、彼ににっこり微笑んだ。


「殿下のおかげでございます。誰かを笑顔にすることが、こんなに心が温かくなることだと、初めて知りました」


 アルベルトは、妹の「ふわふわの真実」が、法と力では動かせない人の心を動かしたことに、深く感心した。


「シャル。お前の『可愛いは正義』論は、この国の外交と経済の最も優れた指針となるだろう」


 誰かを責めることなく、ただ「可愛さ」の基準を教えるだけで、世界を平和にする。それが、シャルロッテの優しい世界での、解決術だった。

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