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第十六話「二人の兄と、末妹の『可愛いは正義』論」

 その日の午後、第二王子フリードリヒは、城の騎士訓練場で激しい訓練を終え、疲れ果てていた。汗まみれの制服、泥だらけのブーツ。休憩のために大食堂に入った彼は、一瞬で顔を輝かせた。


 大食堂の窓際の席には、第三王女シャルロッテと、第一王子アルベルトが座っていた。シャルロッテは、お気に入りのピンク色のドレスを着て、虹色ユニコーンのぬいぐるみを膝に抱き、アルベルトと楽しそうに話している。


「シャル! 兄ちゃんも入れてくれ!」


 フリードリヒは、我慢できずに駆け寄った。アルベルトは、妹との穏やかな時間を邪魔され、一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。


「フリードリヒ。お前、その格好で入って来るな。大食堂を汚すぞ」


「だって、シャルに会いたくて! シャル、兄ちゃん、今日の訓練で魔物の角を真っ二つにしたんだぜ!」


 フリードリヒは、自慢げに筋肉隆々の腕を見せつけた。


「まあ、すごい! でもね、フリードリヒ兄様、わたし、兄様のその笑顔の方が、角を折る剣よりずっと強いと思うわ!」


 シャルロッテの純粋な言葉に、フリードリヒは赤面し、途端にデレデレになった。


「そ、そうか? シャルがそう言ってくれるなら、兄ちゃんは明日から笑顔の訓練をするぜ!」


 アルベルトは、優しく笑いながら、妹に温かいミルクティーを差し出した。


「シャルは、本当に優しい子だ。フリードリヒ。お前の言う通り、この国の力は、剣の強さだけではない。シャルがもたらす、人の心への癒やしこそが、最強の武器だ」



 三人は、最近の城下町の治安について話していた。


「最近、城下町で新しい商売を始めた者がいるのだが、どうもその商売のやり方が狡猾で、町の信用を失っているようだ」とアルベルトが眉をひそめた。


「法的には問題ないが、民の幸福という王国の理念に反する。兄として、どう対処すべきか悩んでいる」


 フリードリヒは、すぐに立ち上がった。


「そんなの簡単だ! 俺が乗り込んで、その商売人を力づくで改心させてやる!」


「待て、フリードリヒ。力で人を動かしても、その心は変わらない。かえって反発を生むだけだ」


 王位継承権第一位のアルベルトと、騎士道一筋のフリードリヒ。二人の兄は、いつも考え方が対立する。


 シャルロッテは、ミルクティーを飲みながら、二人の議論を静かに聞いていた。


「ねえ、アルベルト兄様、フリードリヒ兄様」


 シャルロッテは、二人の手をそっと握った。


「あのね、その商売人さん、きっと()()()()()()()、いけないんだよ」


「可愛くない?」


 二人は顔を見合わせた。


「うん! だって、お客さんを悲しませて、儲けようとするなんて、全然可愛くないでしょう? 可愛いは、みんなを笑顔にするものだよ」


 そして、シャルロッテは小さな声で、核心をついた。


「ねえ、兄様たち。その商売人さん、きっと、自分の商売が『みんなを幸せにしている』って、勘違いしてるだけだよ。本当にみんなが幸せなら、町の人たちは悲しそうな顔をしないもの」


 アルベルトとフリードリヒは、ハッとした。


 アルベルトは、妹の言葉に深く感心した。彼の悩みの本質は「商売人の動機」ではなく、「町の人の不幸」にある。シャルロッテは、法や力ではなく、「幸福感の有無」という単純な軸で、問題を一刀両断したのだ。


「なるほど……。その商売人に、彼の商売が町の人々を悲しませているという『真実』を、可愛く、優しく突きつける必要がある、ということか」


「そうよ! 正義の鉄槌じゃなくて、ふわふわの真実で、優しく教えてあげるの!」



 別の日、シャルロッテはアルベルトに抱きかかえられ、フリードリヒに護衛されながら、王城の温室を散歩していた。


 温室には、ハンス庭師長が手塩にかけて育てた、珍しい熱帯植物が並んでいる。


「シャル、この花を見てみろ。一見地味だが、薬効が非常に高い。華やかさはないが、なくてはならない存在だ」とアルベルトが説明した。


「兄ちゃんが守りたいのは、この花のように、一見目立たなくても、大切なものなんだ」とフリードリヒが、花を守るように手を広げた。


「そうなんだね」


 シャルロッテは、二人の兄を交互に見上げた。


「でもね、兄様たち。この花は、ただ薬効があるだけじゃなくて、そこにあるだけで、温室を可愛くしてくれているよ」


 彼女は、小さな手のひらで、花にそっと触れた。


「それにね、アルベルト兄様は、賢いだけじゃなくて、一緒にいると心が温かくなるから好きだよ。フリードリヒ兄様は、強いだけじゃなくて、わたしを優しく守ってくれるから好きだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、アルベルトもフリードリヒも、頬が赤くなった。


「シャル……なんて可愛いことを言うんだ!」


「我が妹、我が宝よ! お前の言葉こそ、王家の家訓にするべきだ!」


 アルベルトは、愛おしそうにシャルロッテの頭を胸に抱き寄せ、フリードリヒは、その上から妹を抱きしめ、二人の兄の間に挟まれたシャルロッテは、幸せそうに「えへへ」と笑った。


 二人の兄からの、温かい愛情と、時に感心させられる末妹の鋭い洞察力。シャルロッテのゆったり異世界ライフは、今日も愛に満ちて、穏やかに進んでいくのだった。

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