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第十五話「謎の風邪と、シャルの魔法で泡立てる手洗い術」

 穏やかなエルデンベルク王国を、小さな異変が襲った。王城の使用人や、城下町の住人たちの間で、原因不明の軽い風邪が流行り始めたのだ。治癒魔法を使えば数日で回復するものの、次から次へと感染者が増え、ついには騎士団や貴族にまで広がり始めた。


 王の執務室では、国王ルードヴィヒが頭を抱えていた。


「どうしたことだ、アルベルト。治癒魔法がこれほど普及しているというのに、なぜ病が止まらないのだ」


「父上。治癒魔法は病を治しますが、感染の連鎖を断ち切れないのです。政務を担う者が次々と倒れ、このままでは冬の光祭りの準備にも支障が出ます」


 アルベルトは、完璧主義者ゆえに、この制御できない事態に苛立ちを覚えていた。



 その頃、シャルロッテは、モフモフを抱いて大食堂にいた。使用人たちが咳き込みながら食器を運ぶ様子を見て、彼女は眉をひそめた。


「エマ、みんな、どうして風邪をひいちゃうんだろうね? 治癒魔法で治るのに」


 エマも顔色が優れない。


「さあ……。ただ、治ってもすぐにまた誰かからうつってしまうようで。病は魔物と同じで、どこから来るかわからないものですから」


 シャルロッテは、前世の記憶をたどった。治癒魔法が万能でないなら、原因は「予防」にある。この世界の人々は、「病気は治すもの」という認識が強く、「病気の原因となる見えないもの」への警戒心が極めて低い。


「わかった! 原因は、バイキンだ!」


 シャルロッテの頭の中で、前世の医学知識が閃いた。原因は、飛沫感染と、そして何より接触感染による衛生管理の不足だ。


「よし! バイキンをやっつける、可愛いお遊びをみんなに教えてあげる!」



 シャルロッテは、早速マリアンネの魔法研究室へ向かった。


「お姉様! 悪い菌を見えるようにする魔法を作って!」


 マリアンネは目を丸くした。


「見える魔法? そんな高度な魔法、聞いたこともないわ」


「違うの! 悪い菌が手にいる、っていうごっこ遊びだよ!」


 シャルロッテは、安全な植物の染料と、闇属性魔法(隠蔽・感知の応用)を組み合わせるアイデアを提案。闇属性の「感知」を応用して、手の汚れが残っている部分だけに薄い緑色の光を発する、「バイキン発見魔法薬」を開発した。


 そして、シャルロッテは城の広間へ向かい、集まった使用人や貴族たちに声をかけた。


「みんな! 今から、バイキンをやっつけるお遊びをしましょう!」


 彼女は、皆に「バイキン発見魔法薬」を手に塗らせた。すると、手のひらや指の間に、うっすらと緑色の光が浮かび上がった。


「わあ! 本当にバイキンがいる!」


「これをやっつけるには、魔法の泡が必要だよ!」


 シャルロッテは、城の各所に設置されている手洗い場へ向かうよう促した。彼女は、手洗い場一つ一つに、水属性と風属性の生活魔法を応用した仕掛けを施していた。


 石鹸に手を近づけると、風属性で微細な空気を含ませ、石鹸が自動でふわふわの泡となって手のひらに乗る。水も、水属性で適切な温かさに調整される。


 「キラキラ手洗い場」が完成した。



 シャルロッテは、皆に「バイキンをやっつける手順」を教えた。


「まず、泡をいっぱい作るんだよ! 次に、手のひらと手の甲をゴシゴシ! それから、指の間も、お歌を歌いながら丁寧に洗うんだよ!」


 彼女は、正しい手洗い手順を、子供でも覚えられるような可愛い歌と、ごっこ遊びの形式で広めた。人々は、単なる予防策としてではなく、「天使姫とのお遊び」として、熱心に手洗いを行った。


 数日後、城の風邪の流行はピタリと収束した。アルベルトが驚きの報告を持ってきた。


「父上、治癒魔法を使うことなく、病の広がりが止まりました! シャルロッテの『キラキラ手洗い場』の効果です!」


 ルードヴィヒ国王は、感極まってシャルロッテを抱きしめた。


「ああ、我が宝は、やはり賢王エーリヒ1世をも超える賢さだ! 治癒よりも、予防! これは国家の礎となる!」


 アルベルトは、妹の知恵に心から感服した。


「治癒を待つよりも、予防の方が遥かに効率的で、魔力の消費も少ない。シャルは、人々の衛生概念を一新した」


 シャルロッテは、みんなの褒め言葉に照れくさそうに笑った。


「えへへ。みんなが元気で、可愛い笑顔でいてくれるのが、一番嬉しいから!」


 こうして、エルデンベルク王国では、「病気は治すもの」から「病気は予防するもの」へと、衛生概念が大きく変わった。シャルロッテの可愛い「ごっこ遊び」は、人々の健康を守る、新たな生活魔法として定着したのだった。

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