第十二話「モフモフのぬいぐるみと、夜のヒミツのお茶会」
夜の帳が降りた薔薇の塔。王城の喧騒が静まり返る頃、シャルロッテの居室の秘密の小部屋では、「夜のヒミツのお茶会」の準備が始まっていた。
天蓋付きベッドの横には、小さなテーブルがしつらえられ、そこには厳選されたぬいぐるみたちが整列している。虹色ユニコーン、手作りのテディベア、そして、ふわふわの姿に戻ったモフモフが、少し緊張した面持ちで一番大きな椅子に座っている。
「エマ、みんなのお茶の準備はいい?」
「はい、シャル様。ホットチョコレートと、小さなクッキーをご用意しました」
シャルロッテの専属メイドのエマは、この「ぬいぐるみたちのお茶会」を、誰にも言えない秘密として守っている。彼女は、これがシャルロッテの、プレッシャーのない自己表現の場だと知っていた。
「よーし、お茶会、スタート!」
シャルロッテは、一人一人のぬいぐるみに声をかけ始める。それは、彼女が前世で抑えつけていた感情や、この世界で無意識に感じている兄姉たちの悩みを投影した「お悩み相談」ごっこだった。
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まず、虹色ユニコーンの番だ。シャルロッテは、その小さな声色を変えて話し始めた。
「……私の悩みはね、王家の紋章を背負っていることのプレッシャーよ。皆は私を完璧だと思っているけど、もし失敗したら、失望されるんじゃないかって」
それは、第一王子アルベルトの悩みに酷似していた。
シャルロッテは、真剣な顔でユニコーンに語りかける。
「ユニコーンさん、大丈夫だよ! 王族としての威厳? そんなの、ふわふわの毛並みを褒めてあげれば、みんな笑顔になるよ! プレッシャーはね、可愛いものに触れば、溶けて消えちゃうの!」
次に、手作りのテディベアが悩みを打ち明ける。
「私の悩みは、どうしたらもっと可愛くなれるかってことよ。流行のドレスも着られないし、地味だってみんなに言われるの」
それは、外交官として活躍するイザベラが、自身の華やかさの影で抱える、自己肯定感の悩みと似ている。
「テディベアさん、違うよ! 一番大切なのは、心の優しさだよ! それに、あなたが持っているその可愛いリボンは、誰にも真似できないよ! 自分らしくいることが、一番可愛いの!」
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そして、最後にモフモフの番がやってきた。モフモフは、シャルロッテの悩みを聞くかのように、ゴソゴソと動いたかと思うと、突然、岩石のような警戒状態に変身した。
「グルルル……(いつまた誰かを傷つけてしまうか、怖いんだ)」
それは、モフモフ自身の不安であると同時に、シャルロッテの前世の「完璧でいなければならない」というプレッシャーの具現化でもあった。
シャルロッテは、モフモフの硬い体に、そっと両手を回した。
「モフモフ、大丈夫だよ。あなたは、もう誰も傷つけない。だって、わたしが知っているモフモフは、世界で一番ふわふわで、優しい子だもん」
シャルロッテは、得意の光属性魔法(治癒補助)を、モフモフの硬い体に流し込んだ。硬い岩の層が、パラパラと音を立てて剥がれ落ち、モフモフは、いつものふわふわの姿に戻った。そして、すぐにシャルロッテに抱きつき、安心しきったように喉を鳴らした。
「ミィ……(ありがとう)」
シャルロッテは、モフモフの柔らかい毛皮に顔を埋めた。
「ほらね。悩みなんて、抱きしめれば、ふわふわになって消えちゃうんだよ!」
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エマは、扉の影から、その全てを見ていた。
王位継承権第五位でプレッシャーフリーなはずの三女殿下が、実は兄姉たちの悩みや、前世のトラウマを「ごっこ遊び」という形で浄化している。その優しさと賢さに、エマは再び涙ぐんだ。
「シャル様は、本当に……天使だわ。ごっこ遊びですら、周りの人の心を守っていらっしゃる」
シャルロッテは、ぬいぐるみたち全員に、癒やし魔法をかけ終えた。
「よーし、これで、みんなの悩みは解決! 明日からも、可愛く、楽しく過ごすんだよ!」
お茶会を終え、ベッドに入ったシャルロッテは、モフモフを抱きしめた。
「やっぱり、可愛いものが一番の相談相手だね!」
この秘密のお茶会は、シャルロッテにとって、女の子の幸せを最大限に満喫し、自分らしく生きるための、最も大切な日課だった。