第十一話「イザベラ姉様の秘密と、シャルロッテのミニ花嫁体験」
その日、薔薇の塔の居室に、第一王女イザベラが内緒の訪問に来ていた。社交界の華として華やかな日々を送る彼女だが、今日はドレスではなく、控えめな絹のワンピース姿だ。
「シャル、内緒よ。誰にも見せないでね」
イザベラは、周りをきょろきょろと見回してから、シャルロッテのふわふわベッドに腰掛けた。シャルロッテとモフモフが、その隣にちょこんと座る。
「なあに、お姉様。秘密の相談?」
「ええ、それも極秘よ」
イザベラが、大切そうに抱えていた筒状の紙を開くと、そこには息をのむほど美しいウェディングドレスのデザイン画が描かれていた。細部にまでこだわったレース、流れるようなドレープ、銀の薔薇の刺繍。
「これは、私が将来、運命の人と結婚する時に着る、完璧なウェディングドレスのデザイン画よ。誰にも見せていない、私だけの夢」
シャルロッテは、その美しさに目を輝かせた。
「わあ……! きらきらで、ふわふわで、世界で一番可愛いドレスだね、お姉様!」
「そうでしょう? これは、私のすべての理想が詰まっているの」
イザベラは誇らしげだったが、どこか寂しげにデザイン画を撫でた。
「でも、本番はまだずっと先だわ。今日から隣国へ外交の旅に出るから、しばらくはこの夢も中断ね」
「行ってらっしゃい、お姉様!」
イザベラが城を空けた後、シャルロッテは、そのデザイン画を抱きしめて、何度も何度も見返した。
「ああ、このドレス、一度でいいから着てみたいなぁ」
花嫁のドレス。それは、女の子にとって究極の「可愛い」の象徴だ。前世で諦めた、女の子としての最大の夢が、目の前にある。
◆
数日後、シャルロッテの憧れが頂点に達した頃、専属メイドのエマがその熱意に気づいた。
「シャル様、そんなにドレスがお好きなら、城下町の仕立て屋さんに、ミニチュアを作ってもらいましょうか?」
「ミニチュア! わたしのサイズの、花嫁ドレス!」
シャルロッテは、そのアイデアに飛びついた。
すぐにエマとオスカーに事情を話し、デザイン画を託す。城下町の仕立て屋の主人ヨハンは、イザベラ王女の秘密のデザインに驚きつつも、「天使姫の願いなら」と快諾してくれた。
イザベラが外交から帰るまでの間、シャルロッテは仕立て屋へ通った。ヨハンは、イザベラ王女の本番用ドレスの最高級シルクの端材と、シャルロッテのお気に入りのパステルピンクのレースを使い、細部にまでこだわってドレスを仕立ててくれた。
そして、完成した日。シャルロッテは、小さな白いドレスを受け取り、そっと光属性魔法をかけた。光に当たると、ドレス全体が虹色にきらめくように。
◆
「エレオノーラ母様! エマ! 見て!」
薔薇の塔の円形の部屋で、シャルロッテはドレス姿でくるりと回った。銀色の巻き髪には、庭園で摘んだ小さな白い薔薇を飾り、ドレスの裾がふわりと広がる。その姿は、小さな宝石のように輝いていた。
「まぁ……」
エレオノーラ王妃は、思わず持っていたティーカップを置いた。
「シャルロッテ、まるで、天から降りてきた天使のようだわ」
エマも涙ぐんでいる。モフモフさえも、その可愛さに見惚れているのか、岩石状態を解いて、ふわふわの姿でシャルロッテの足元に丸くなっていた。
「ミニ花嫁体験、だよ! わたし、このドレスが着てみたかったの!」
シャルロッテは、得意の水属性魔法で、テーブルの上のマカロンタワーを美しく冷やし固め、エレオノーラ王妃とエマにティーパーティーのおもてなしをした。
エレオノーラ王妃は、娘の満面の笑顔を見て、胸がいっぱいになった。彼女の溺愛は、ルードヴィヒ国王のように過剰な行動には出ないが、娘の「女の子の幸せ」を心から願っている。
「本当に可愛いわ。ルードヴィヒに言ったら、また何かとんでもない騒ぎを起こすところだったけれど……内緒にしておいて正解だったわね」
◆
数日後、外交を終えて帰城したイザベラは、薔薇の塔でそのドレスと対面した。
「シャル!」
イザベラは、ミニチュアドレスをまとった妹の姿を見て、一瞬言葉を失った。
「私のデザインよりも、ずっと愛に満ちているわ!」
イザベラは、シャルロッテをそっと抱き上げた。ドレスを傷つけないよう、細心の注意を払いながら。
「お姉様、わたし、このドレスを着てわかったの」
「何をかしら?」
「ドレスが可愛いのって、もちろん嬉しいけど、大好きな人に『可愛い』って言ってもらえることが、一番の幸せなんだね!」
イザベラは、妹の純粋で深い言葉に感動した。彼女が社交界で華やかに振舞うのも、結局は周りの人々に自分の美しさを認められ、愛されたいという願いから来ている。
「シャル、あなたは最高のエンジェルベールよ。私のドレスのアイデアも、あなたのこのドレスとモフモフを参考に、もっとふわふわに修正しなくちゃ!」
ミニチュアドレスは、お城の宝物庫ではなく、シャルロッテの部屋のガラスケースに飾られた。それは、彼女の「可愛いコレクション」の中で、最も愛と夢が詰まった宝物となった。
女の子の幸せを、心ゆくまで満喫したシャルロッテは、今日も可愛いものに囲まれて、ゆったりとした時間を過ごすのだった。