第百一話「無限の砂漠と、心臓の『論理では届かぬ理由』」
その日の午後、王城のテラスは、どこか冷たい風が吹き込んでいた。アルベルト王子は、最新の軍事戦略の複雑なシミュレーション図を前に、深く苦悩していた。彼の描く論理的な図は、完璧に見えたが、その先には、常に「人間の感情」という、予測不能な要素が立ちはだかり、彼の計算を狂わせていた。
「人間の心とは、なんと非論理的で、予測のつかないものか。私の知性では、この混沌を制御できない」
アルベルトは、自分の知性の限界に直面し、一種の「人間の悲惨さ」を感じていた。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、兄の隣に座った。彼女は、兄の描いた複雑な図の先に、論理では決して届かない、無限に広がる「心の砂漠」のイメージを見た。
「ねえ、兄様。その図はね、遠すぎるよ」
「遠い?」
「うん。兄様は、人間の頭で、宇宙の全部を理解しようとしてるでしょう? でもね、人間って、ちっちゃくて、すぐに疲れて、遠くまで行けないものなんだよ」
シャルロッテの言葉は、無限の宇宙と、人間の有限性という、哲学的な真理を突いていた。
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シャルロッテは、アルベルトの手のひらをそっと自分の胸に押し当てた。
「! シャル、いったい何を……」
「兄様。遠くまで行かなくていいの。一番大切な真理はね、ここにあるよ」
そして、シャルロッテは、光属性と共感魔法を応用し、アルベルトに、「人間の心臓の、微かな、しかし力強い鼓動」を感じさせた。その鼓動は、論理や計算を超えた、純粋な「愛と生」の揺るぎないリズムだった。
「心臓はね、兄様。頭がどんなに悲惨なことを考えても、ちゃんと動き続けてくれるのよ。愛してるから、動くの。心臓にはね、頭の論理では届かない、強い理由があるんだよ」
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アルベルトは、妹の魔法によって、自分の知性や論理が、その「心臓の理由」という、最も根源的な真理の前では、いかに無力であったかを悟った。彼は、知性の限界を知り、初めて「心」という、真理の領域を認めた。
「シャル……。私は、論理で全てを支配しようとしていた。しかし、真の秩序は、知性ではなく、無償の愛という、非論理的な領域にこそ存在するのだな」
その瞬間、彼の抱えていた「人間の悲惨さ」の重みが消え、心が静かに満たされていのを感じた。
シャルロッテは、兄ににっこり微笑んだ。
「えへへ。だからね、兄様。これからは、心で感じる『可愛い』を信じるの! 心はね、いつでも正しい道を知ってるよ!」
アルベルト王子は、妹の愛に包まれ、論理の壁を越えた。王国の未来は、知性と感情、そして愛という「心臓の理由」によって、優しく導かれることになった。




