6…説 偽物 明
授業中、こそこそ話せるような内容じゃない。オレはミナトを連れて学校の外へ出た。
近くの公園に移動する間、ミナトは特に反抗することなくついてくる。だが、いつ襲われてもおかしくない。常に警戒を怠らず、公園に着くとミナトをベンチに座らせ、オレはあえてその前に立つ。座っていると反応が遅れる可能性があるからだ。
張り詰めた空気の中、先に口を開いたのはオレだった。
「なんでお前はユウヤのことを覚えているんだ?本当に死んでいるのか?お前は何者だ?」
ミナトは表情一つ変えずに聞いている。
「質問が多いわね。私はミナトアカネ。あなたと同じ超能力者よ」
「それはなんとなく察してた。それで、ユウヤの件については?」
少し強めに問い詰める。内容次第では逃げるつもりだ。相手は超能力者。厄介なことに変わりはない。
「いちから話すわね。まず、フクダユウヤは間違いなく死んだわ」
「そうか」
思ったよりすんなり受け入れられた。時間が経ったからか、自分の中でペンギンは死んでいると理解していたからか、理由はわからない。
問題は誰が殺したのか、そしてこの女はどう関わっているかだ。
「あまり驚かないのね」
「いちいち驚いてられない。続きは?」
「続けるわ。超能力者が人を殺すと、殺された人は別の人間に生まれ変わるの。それがフクダユウキってわけね」
「クラス全員の記憶が変わってる理由は?」
「殺された人間のことは、無能力者は忘れ、新しく生まれた人間と過ごしてきた記憶に書き換えられる。これが、私たちが生きている世界のルールよ」
「なるほどな。それでクラスはああだったのか」
「私たちは全ての記憶が残るけど、無能力者は変わった世界の記憶を植え付けられる。世界は度々変わっているのよ」
「…じゃあ、今のオレの記憶も間違ってるのか?」
「おそらくね。あなたが超能力を使えるようになる前に殺された人のことは覚えてないでしょ?」
「死んだ人はいるのか?」
「結構よく死んでるわよ。あなたの周りの人も、殺されて別人かもしれないわね」
その言葉に、オレは一つの疑問にぶつかる。
「オレは、ホンモノか?」
口に出してから後悔した。返ってくる答え次第では立ち直れなくなる。
ミナトは何も答えない。沈黙が意味することは……。
「そうか」
オレはニセモノなのか。
一度死んだのか。
「じゃあ、オレは一旦帰る。頭の整理をしたい」
そう言って歩き出す。ペンギンとこいつの関係なんて、今はどうでもよかった。
「ちょっと、まだ話は…」
ミナトの言葉を無視して歩き続けた。
オレはニセモノ。作られた記憶で生きている。
ペンギンが死んだ時、悲しくなかったのはそのせいなのか。
オレという存在は、1年前も存在していたのだろうか。いや、そもそも5分前のオレがオレだったことすら証明できない。ウエノツバサはいつ生まれたんだ?
くそ、もう何も考えるな。目を瞑り、頭を真っ白にしてボーっとするしかない。
バンバン、ピンポーンピンポーン、バンバン。
ドアの外から聞こえる狂気のノックとインターホンの音。舌打ちまで聞こえてきた。
「開けろよー、チッ」
ミナトの声だ。
「無視しよ」
バンバン、ピンポーンピンポーン、バンバン。
「あいつ、結構やばくね?」
さっきまで落ち着いた雰囲気だったミナトの印象がガラリと変わった。
「居留守してるんでしょ、バンバン、でてきて、バンバン、お願いします」
最後は泣きそうな声だったが、オレは無視を決め込む。
「もう知らない、帰るよ、私ホントに帰るからね?ホントにいないの?」
絶叫の後、静寂が訪れる。
小さくドアを開けて外を確認する。
「帰ったか?」
「いるよ」
ゾッとした。オレはニセモノとか以前に、この女からは逃げられそうにない。
「バタン!」
勢いよくドアを閉める。危なかった。一歩遅れてたらどうなっていたことか。
「早く入れてよー、あなたの命が危ないのよー!」
ドアの向こうから、ミナトの叫び声が聞こえる。
一体何を言っているんだ。だが、このまま無視し続けるのも疲れる。うるさいし、とりあえず中に入れるか。
そーっとドアを開けると、そこには案の定、涙目のミナトが立っていた。
「最初からそうしなさいよ……」
リビングに座らせる。家族がいない時間でよかった。女の子を家に入れたのは初めてだ。見られたら面倒なことになる。
「お茶かりんごジュース、どっちがいい?」
「お茶」
ぶっきらぼうな返事に、お茶をコップに入れながら話を振る。
「んで、命が危ないってなんだよ。くだらなかったら今すぐ帰れよ」
「超能力者は、別の超能力者に命を狙われるのよ」
「なんでそれを先に言わないんだ!無防備で帰っちゃっただろ!」
オレが叫ぶと、ミナトはビクッと震えた。
「いや、あなたが話の途中で帰ったんでしょ!どいつもこいつも人の話を最後まで聞きなさいよ!」
「早く話せよ。本題まで長いねん」
「ぐぬぬ……。鑑定するとレベルってあるでしょ。超能力者を倒すとそれが上がるのよ。それでレベルが上がると、新たなギフトを獲得したり、今のギフトを強化できるの」
「それでペンギンは殺されたと……」
「そうね。まあ、フクダユウヤを殺しても経験値は入らないはずよ。超能力が使えるようになってから1ヶ月くらい経たないと、体に超能力が馴染んでなくて無能力者と同じ扱いになって、経験値は入らないの」
「つまり、今のオレを殺しても経験値は入らないってことか?」
「そうね。殺す価値もないわ」
ミナトがだんだん強気になっていく。後は、ペンギンの死をなんでこいつが知っていたかだ。
「なんでユウヤが死んだって知ってんだ?見てたのか?」
会話の雰囲気から、ミナトがペンギンを殺した可能性は低い。
「フクダユウヤの知り合いが教えてくれたのよ。それで成り行きで、あなたの護衛もすることになったの」
こいつが護衛?自分の身くらい自分で守れるだろ。少なくともミナトよりは強い自信がある。
「じゃあ、いったんいいわ。残りは後で聞くから帰れ」
力ずくでミナトを家から追い出した。
玄関の扉が閉まる音を聞きながら、オレはぼんやりと考える。ミナトの言葉を信じるなら、オレは超能力者に命を狙われている。だが、今はもう考えたくない。頭がパンクしそうだ。
ベッドに倒れ込み、オレは意識を手放した。