5…真 休学 相
朝、目が覚めた瞬間に脳裏をよぎるのは一昨日の光景だ。ペンギンは本当に死んだのか?それとも、オレがおかしくなったのか?どっちにしても、日常は続く。現実から目を逸らすように、オレは制服に着替えて学校へと向かった。
教室に着くと、リュウとフクダが楽しそうに話している。どうやらオレには気づいていないらしい。
「ツバサ、体調大丈夫かなぁ?」
フクダが心配そうに呟く。
いや、お前は本当に誰なんだ。記憶にはないお前の存在が、あまりにも自然にそこにいることに吐き気がする。
「大丈夫だと思うぞ、大丈夫だよなツバサ?」
突然、リュウがこっちを向いて話しかけてきた。いつの間に気づいてたんだよ。
「おう、元気だよ」
嘘じゃない。体調は悪くない。だが、フクダの顔を見るだけで胸が悪くなる。
「よかったぁー俺心配だったんだよぉ」
フクダは本当にいい奴なんだろう。わかっている。でも、でもオレの脳はコイツを拒絶する。腐った食べ物を口に含んだときのような、生理的な嫌悪感がこみ上げてくる。
もしかしたら、おかしいのはオレの方かもしれない。そう思い、しばらくは今まで通りを装って過ごすことにした。ちょうどいい話題もないしな……いや、一つだけあった。
「なぁ、今日休学明けの生徒が来るらしいけど、お前ら覚えてるか?」
オレは全く覚えていない。だが、この学校は三年間クラス替えがない。ということは、一度は顔を合わせたことがあるはずだ。初対面で「どちら様?」はさすがに失礼だろう。予習しておくか。
「俺は全く覚えてないなぁー」
フクダがそう答える。当然だ、お前はオレの記憶ではこの学校にはいない。
「リュウは?」
本命はこっちだ。リュウは馬鹿だが、記憶力は良い方だ。
「まず男か女かも知らん」
ダメだこりゃ。写像ってなんすか?ってレベルだ。
高校に入ってすぐに休学したってことだろうな。
「まぁ、自己紹介で聞けばいいか」
「そうしてくれ。入学してすぐ休学した奴なんて、誰も覚えてないだろ。もう一年以上経ってるんだぞ?一年前のこと、お前覚えてるか?」
一年か……。そういえば、一年前もよくリュウと……遊んでたな。ペンギンのことは、なぜかあまり思い出せない。オレの記憶からも薄れてきたのか?
「確かに、オレも微塵も覚えてない」
そう言うと、リュウはニヤッと笑った。自分だけじゃなかったから、少し安心したのだろう。
「朝のショートのお楽しみだな。そろそろ先生が来るだろ……噂をすれば来たな」
ガラガラと扉が開き、担任が入ってくる。
「まだ時間じゃないが、朝のショート始めるぞ!号令!」
適当に挨拶を済ませる。いつもなら静かに先生の話を聞くが、今日は違う。休学明けの生徒が来ることをみんなが知っているからだ(学級委員が言いふらした)。
「秘密事項だったはずだが、なぜかみんなが知っての通り、今日から高一の時に休学してた湊 暁音が戻ってくる。お前ら、仲良くしろよ。とりあえずミナト、入ってきていいぞ」
扉が開いて入ってきたのは、黒髪ポニーテールの生徒だった。キリッとした目で、背筋をピンと伸ばして歩く。見た目の印象はクール系。あまり仲良くなれそうにないな。
「ミナト アカネです、よろしくお願いします」
周りのクラスメイトが「美人だ」と騒いでいる。
「席は後ろの空いてるとこだ。わからないことがあったら、隣の席のウエノ ツバサに聞け。なんでも答えてくれるはずだ」
丸投げかよ。まあ、何か集中できることが欲しかったからちょうどいいか。
彼女がこちらに向かって歩いてくる。目が合った……いや、気のせいか。オレがじっと見ていただけだった。
「よろしくね。わからないことがあったら、なんでも聞いてね」
できるだけニコニコして話しかける。だが、彼女は無表情だ。もう、この時点で心が折れそうになる。
「ふっ、フクダ ユウヤが死んだのに呑気なものね」
「ハハハ、ん?」
今、なんて言った?フクダ?死んだ?
「だから、フクダが死んだのに呑気だねって言ったの。気にしてないの?」
彼女はなぜそんなことを知っている?やはりペンギンはあの時、死んだのか?そして、なぜこの女がそれを?あの時の黒装束か?いや、体格が違う気がする。彼女は一体何を知っているんだ?
「おい、知ってることを全部話せ」
オレは詰め寄った。