終電の召喚術師〜週末の日〜
※こちらは番外編です。
舞台や職業などは、本編とはまったく違うものとなっております。
誤字から生まれたお話になりますので、くすっと笑っていただけたら幸いです。
本編となる物語は【終焉の召喚術師】にてお楽しみください。
時は現代。
ネオンが瞬き、人が絶えず行き交う都会の夜は、土曜日ということもあってひときわ賑わっていた。
居酒屋ののれんが揺れ、笑い声とグラスの音が混じり合う。
そんななか、オフィス街の一角にあるビルの7階で、天井灯に照らされてパソコンに向かっている者がいた。
壁掛け時計が示すのは、23時36分。
世間はすっかり週末モードだというのに、このオフィスのフロアだけは、異様な静けさに包まれている。
「……召喚っ」
キーボードに向かったエルクが、小声でそう呟き、Enterキーを叩いた。
これは、クラウドからファイルを一括ダウンロードする操作だが、エルクはなぜかそう呟く。
「……ふぅ、これでなんとか終わりそうだな」
ダウンロードしたファイルを振り分け、エルクは一息つく。
そのとき―――
「……ちょ、エルク?何なの?さっきから『召喚』とか言ってるけど……」
フィールが怪訝な顔をして、向かいの席から声をかけたのだ。
「んぁ?……あぁ、これは―――なんかこう、手元にデータを降臨させる感じがして、気持ちいいから?」
「いやいやいや。アニメの見すぎでしょ、召喚って」
「でも、このパソコンに降臨してるし」
「『降臨』とか言わないでよ、もー……」
フィールは呆れたように笑いながら、腕を組んでモニターをのぞき込んだ。
「……で、何を召喚したの?」
「あー……明日の契約に必要な書類」
「今!?そんなの先週のうちにやっときなよー……」
「忙しかったんだって!今週はこうやって土曜も出勤だし……」
ぼやきながらもエルクは作業を続ける。
すると、オフィスのドアをコンコンっ……と、軽く叩く音が聞こえてきたのだ。
エルクとフィールが同時に顔を上げると、そこにロキの姿がある。
「ロキ……なんでうちのフロアに?」
「週末対応でこっちに顔出しただけだよ。もう終わりそう?」
ネイビーのスーツを着こなすロキは、片手に缶コーヒーを持ち、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
「さっきエルクが書類を召喚したから、もうちょっと終わると思うよ」
フィールの言葉に、ロキは口角を上げて、まるで面白い玩具を見つけたかのように目を細めた。
「……召喚、ねぇ。クラウドからデータを落とす操作をそんなふうに言うとは……まったく、キミらしい」
くつくつと笑うロキは、手にある缶コーヒーを一口すすった。
そして、その目がふと細まり、何かを閃いたかのように口元に意味ありげな笑みを浮かべたのだ。
「それなら―――『召喚術師』とでも名乗ったらどうだい?」
「いや、名乗らないからな!?」
エルクは即座に否定し、勢いよくパソコンへと向き直った。
必死に仕事をこなすなか、ロキが思い出したように言う。
「ところで召喚術士くん。キミ、今日の終電は何時かな?」
唐突な問いに、エルクが首だけで振り返る。
「あ?24時13分だろ?しょっちゅう終電で帰るから、マリアに申し訳ないなんだよなぁ……」
「僕もベルに申し訳ないよ……いつも起きて待っててくれてるからさー……」
フィールも肩をすくめ、苦笑をこぼした。
だがそのとき、ロキは缶コーヒーを軽く掲げ―――
「キミたち、今日は『土曜日』だよ?」
と、軽い口調で告げたのだ。
「……え?」
フロアに、一瞬の沈黙が流れた。
そして、二人はゆっくりと時計に視線をやる。
現在の時刻は―――23時45分だ。
「いや、ちょ、待て……土曜の終電って……」
「ダイヤが違ったような……?」
二人の顔が青ざめていくなか、ロキは実に楽しげに言い放つ。
「最終は23時51分。あと―――6分だね」
その言葉に、二人の動きが止まる。
「……6分!?6分!?」
エルクが叫ぶように繰り返すと、フィールがスーツの上着を手に取りながら立ち上がった。
「駅まで……全力で走ればギリ間に合う……!!」
「ちょ、ライナスもまだ下の階にいるだろ!?連絡しろ連絡!!」
「わわわ、わかった!!」
慌ててスマホを掴んだフィールが、手早くロックを解除してメッセージアプリを開く。
だが、焦りからか指が滑ってなかなか『ライナス』に辿りつけない。
「やばいやばいやばい、どこだよライナス……っ!」
ようやく開いたトーク画面に、フィールはすぐにメッセージを打ち込む。
『走れ!!終電あと5分!!』
送信ボタンを押した直後―――画面に表示される『既読』の文字。
そして次の瞬間、下の階からドタンバタンッ!!と、何かを蹴倒した音が響いてきたのだ。
「気づいた!!気づいたなあれ!!」
「帰るよ、エルク!!PC閉じて!!」
「おう!!」
エルクは開いているフォルダを一気に閉じ、電源ボタンを勢いよく押す。
立ち上がりざまに鞄を肩に引っかけると、廊下に向かって駆け出した。
フィールがドアを蹴り開け、先頭を切ると、階下から声が響いたのだ。
「兄貴!!」
「ライナス!」
エルクが手すり越しに階下を覗くと、ライナスが階下から見上げていた。
「まだ間に合うか!?」
「ギリだ!あと4分!!走れば間に合う!!」
「了解!!」
エルクとフィールは階段の手すりを掴むと、一気に飛び降りた。
三人は揃ってビルの出口へと全速力で走り出す。
「なんか僕……っ、風が使えたような気がするんだけど……!?」
「気のせいだ!!」
「俺は雷……」
「幻覚だ!!」
靴音が夜の歩道を駆け抜ける。
人気のないビル街やコンビニの灯りが遠ざかり、タクシーの並ぶ駅前ロータリーが視界に入ってきた。
そのとき―――構内スピーカーの音が、かすかに聞こえてきたのだ。
『まもなく、2番線に本日最終電車が参ります』
「間に合えぇえええ!!」
三人は、改札を飛び越えそうな勢いで駅の入り口に突っ込んだ―――が、
「すみません!」
駅員の声が鋭く響いたのだ。
そして駅員は、彼らに冷酷無慈悲な言葉を言う―――
「もう、電車出ましたよ?」
「え……?」
「えっ……」
「……まじで……?」
三人は、時が止まったようにその場に立ち尽くした。
手には交通系ICカード。
あとはこの改札を通り、2番線のホームから電車に乗るだけだったのだ。
数秒の沈黙ののち、エルクがゆっくりと口を開く。
「電車……行っちまった……」
その言葉が、やけに静かに深く響いた。
全員が肩を落とし、抜け殻のように駅の出口へと向かう。
そのとき―――
ピロンッ……と、タイミングを見計らったかのように、三人のスマホが同時に震えたのだ。
ポケットから取り出した画面に、それぞれの優しさが浮かび上がる。
「やばい……マリアが『お疲れさま、気をつけて帰って来てね』って……」
エルクが画面を見つめたまま、かすれた声で呟く。
「うちも、ベルが『ご飯、温めなおして待ってるね』って……」
そう言うフィールの声は、どこか泣きそうだった。
「……イーネが『駅まで迎えに行こうか?』って……」
ライナスは、画面を見つめたまま動けないでいる。
そして、しん……と、一瞬黙り込んだのち、エルクがしゃがみ込んだ。
「優しすぎて死ぬぅぅぅぅ……!!!」
「このタイミングでこれは凶器……」
「なんて返信すればいいんだ……」
三人がロータリーの片隅でうちひしがれていると、うしろから声がかけられた。
「……お前ら、終電逃したのか?」
振り返るとそこに、スーツのジャケットを肩へかけたヴァンが、缶コーヒーを片手に立っていたのだ。
「ヴァン……!?」
「あれ……ヴァンも仕事帰りっぽい……?」
「こんなとこで会うなんてな……」
三人は、頭を垂れたまま、言葉を絞り出した。
そして、終電を逃した現在のことを、語ったのだ。
「……待てよ?ここにいるってことは、お前も終電逃したんだろ?なんでそんな涼しい顔してんだよ……」
エルクがふと顔を上げて言うと、その瞬間、ヴァンの目がギラっと光ったのだ。
「……はっ……!お前ら……俺の仕事、忘れたのか?」
「え?」
「……俺はお前たちの会社の、警備員だろ……?」
「あっ……」
「あぁそうだよ」
ヴァンは、缶コーヒーを一口あおると、カッと見開いた目でエルクたちを睨んだ。
「『お前たちがビルを出たのを確認したら、俺は帰れる』んだよ」
「…………」
「おっっっっっ前らがギリギリまで残業してくれたせいでぇ!!!」
ヴァンは、エルクの肩をがしっと掴み、怒りを抑えた笑みを浮かべながら言った。
「……帰れなかったんだろぉ?」
「わ、悪かったって……」
「なぁ、エルク……いいカプセルホテル、紹介してやるよ」
「それは助かるけどっ!!」
そう言った瞬間、エルクの肩を掴むヴァンの手に、ググッ……と力がこもる。
「痛い痛い痛い痛い……っ!!」
「銃で撃たれないだけマシだと思え」
「銃!?銃って言った!?」
エルクがじたばたもがくなか、フィールとライナスはそっとスマホを取り出す。
「僕、ベルに返信しとこ……『ごめん』って……」
「お、俺もイーネに謝らないと……」
そのとき―――パチンっ……と、乾いた指の音が夜の空気に響いた。
一同が視線をやると、そこにロキの姿がある。
「やあやあ、見事な敗北じゃないか」
鞄を小脇に挟み、ゆっくりと近づいてくるロキは、人の不幸を肴にしたような楽しげな笑みをみせていた。
「終電には『悪魔』が住んでいるのかもしれないねぇ……」
「……お前が悪魔みたいな笑い方してるけどな」
エルクがじっと睨むと、ロキはくすりと肩を揺らして笑ったのだ。
その様子を見て、ヴァンがエルクたちにこう告げる。
「ほら、早く行かないとカプセルホテル、埋まっちまうぞ?終電逃した奴らが殺到するからな」
その言葉に、エルクが顔を引きつらせながら声を上げる。
「それは困る!ただでさえ、マリアに心配かけるってのに……!」
「なら、さっさと行こうぜ。メッセージ送っとけよ」
ヴァンに促され、エルクは申し訳ない表情でマリアにメッセージを送る。
『ごめん……終電乗り損ねた……』
送信ボタンを押した瞬間、胃のあたりにきゅう、と縮むような感覚が走る。
仕事が長引いたせいとはいえ、マリアに心配をかけてしまうという後悔が胸を刺したのだ。
「明日……!始発で帰る!!」
決意の声を上げるエルクに、フィールとライナスも続く。
「僕も帰るよ!」
「俺もだ!」
三人は、互いに頷き合うと足早に歩き出した。
そのうしろを、ヴァンとロキがゆるゆるとついていく。
「ねぇ……飲み会でもしちゃわない?」
「しねーよ!」
「しないから!」
「さっさと寝る!」
エルクとフィール、ライナスの怒号が夜空に響くなか、女性陣―――マリアとベル、イーネはテーブルを囲みながらスマホの画面を見つめていた。
「あー……エルク、終電乗り損ねたって」
「うちも、フィールから『ごめん』ってメッセージきてる」
「ということは……あ、やっぱりライナスも同じだわ」
三人はマグカップに手を伸ばし、ホットミルクを一口飲む。
すると、ふわりと立ち上る湯気が、三人のあいだにやさしく漂った。
「今日も『女子会』決定ってことね」
マリアが静かに笑うと、ベルとイーネも顔を見合わせてくすっと笑った。
みな、同じマンションに住んでおり、気軽に行き来する仲だ。
気がつけば自然と、誰かの部屋に集まってお茶している。
「プリンを三つ買っておいて正解だったわ。今日が土曜日なこと、絶対忘れてると思ったのよ」
ベルが得意げに言うと、イーネが笑みをこぼした。
そして、ソファの脇に置いていた袋を、ガサガサと漁る。
「私、ポテチとチョコ持ってきたー」
「やった!塩と甘味、交互にいけるやつじゃん」
「マリア、紅茶淹れてよー」
「おっけ。ちょっと待ってて」
マリアは立ち上がり、キッチンへ向かった。
ケトルからふわりと立ち上る湯気が、深夜の部屋にひとつあたたかさを加える。
「しかし……毎週これやってると、もう週末は女子会って決まってるみたいよね」
イーネが苦笑しながらポテチを一枚、口に放り込む。
「それってつまりさ、毎週終電を逃してるってことになるよね?」
ベルがじとっとした視線をスマホに向けると、そこには『始発で帰るから!ほんとにごめん!!』という文字が並んでいた。
「毎週反省会をしてる男たちのほうが、絆が深まりそうで怖いわ」
マリアの言葉に、ベルとイーネがくすくすと笑う。
「さて……プリン開けちゃう?」
「開けよう開けよう!」
ペリッ……と、蓋を開ける音が三重に響き、夜のお楽しみが本格的に始まる。
エルクたちはカプセルホテルにて、
「エアコン寒すぎ!」
「僕の枕どこ!?」
「寝がえりで音たてんなよ!」
という騒動が繰り広げられてることは、彼女たちは知る由もなかった―――。