05 月夜
琉人さんは今頃何を考えているのだろう。
そんなことを思いながら、僕は空にある月を眺めていた。
僕がこの牢獄に入ってから二日目が終わろうとしていた。
恐らく今は夜の十二時ぐらいだろう。
風が窓から入って来てとても冷たかった。
しばらくすると、外から小さな音が聞こえた。
あたりを見回すと、外に監視として、綾が立っていることに気づいた。
「嫌じゃないんですか?」僕は聞いた。
「…なぜだ?」
「さっき、震えていたじゃないですか。」彼女はさっき僕と裏社会へ行けと言われた時に震えていた。本当は僕と一緒に行きたくなかったのではないだろうか。
「違う。」
「……じゃあ、なんで泣いているんですか?」
「泣いていない。ばかもの」
「どう見ても泣いているじゃないですか。どうしたんですか。」
彼女が泣いていることは、遠くから見てもわかってしまう。肩が小さく震えている。
「うるさい。お前になど慰められたくない。」
「何でですか。」
「お前は五年前爆発で私の両親を殺した。爆発で私の家を壊した。私一人だけ生き残って、どれほど惨めで悔しい思いをしたのか、お前には想像できるのか?」
彼女は顔を上げて僕を睨んだ。その目からは大粒の涙が流れていた。
「……ごめんなさい。」
なんとなく、想像はできていた。でも、そうやって面と向かって言われると何といえばいいのだか分からなくなる。
「いや、謝るな。覚えていない相手に言っても仕方がないだろう。……今のはただの八つ当たりだ。気にするな。」
気にするなと言われても気にするだろう。
覚えていないとはいえ、僕が罪を犯したことに変わりはないのだから。
「本当は……裏社会に行きたくないだけだ。親のいなくなった私はそこで育ってきた。あそこではみんな目が血走っていて、子供が一人で泣いていても誰も手を差し伸べてくれないようなところだ。もう戻りたくなかった。それなのに。……お前のせいだ。」
「……やっぱり、ごめんなさい。」
「いいと言っているだろう。……もう、分かっているんだ。お前相手に何を言っても何も変わらない。…本当は、お前のせいだって言ってやりたい。でも、記憶がない相手には何も言う必要がないのだろうな。…知っている。」
「…僕、決めました。」
「…何をだ?」
「……僕、いつか絶対に記憶を取り戻します。そうしたら、僕が迷惑をかけたすべての人に謝りに行きます。絶対に。」
彼女は少し呆れたような顔をした。
「お前が迷惑をかけた人間全員に謝りに行くのか? この国の人間ほぼ全員に謝ることになるぞ。」
「うう。それはひどいですよ。確かに、確かにその通りですけれど。それでも僕、ちゃんと謝りたいんです。…ですから、僕が記憶を取り戻したら好きなだけ叱ってください。だから、一緒について来てくれませんか?」
彼女は少し顔を上げて僕を見た。
「協力はせぬぞ。だが、ついて行ってやる。…亜羽様のために行くのであって、お前のために行くのではないからな。」
僕はその言葉を聞いて、小さく笑った。
「どうした。何かおかしいか?」
「いや、綾さんって本当に亜羽さんのことを大切に思っているんだな~と思って。」
「当たり前だろう。亜羽様は私の命の恩人のような人だ。私を裏社会から救いだしてくれたのはあの人だからな。」綾さんは小さく微笑んだ。
「そうだったんですか。亜羽さんって意外といい人なんですね。」
「当たり前だろう。ばかもの。亜羽様はいつも助けてくださるのだ。あ、それから次からは亜羽さんではなく亜羽様と呼ぶようにしろ。あまりに不敬だぞ。まったく。」
亜羽さんのことを話しているときの綾は本当に楽しそうだった。
彼女は一晩中亜羽さんについて話を続けていた。
気づいたころにはもう蝋燭の灯が消えていて、僕たちは眠りについていた。
窓から入ってきた月明りが、いつまでも僕たちを照らしていた。