29 試験ー4
綾視点——
私は走って会場に滑り込む。その直後、会場につけられていた門が音を立てて閉じた。
(どうやら間に合ったようだ)
私は胸をなでおろす。
会場には思っていた以上に人が集まっていたようだ。
およそ三千人ぐらいはいるだろうか。
やはり悪江家の取り入るための試験だけあって人数が多い。
真ん中の方に人が集まっていて、端の方は人が少ない。
やはり、3,4人でグループになっている人たちが多いことが分かった。グループになっておくことで受かりやすい試験なのだろうか?私たちは完全に初めて参加するのでどのような試験なのかが全く分からない。
(やはり、誰かに話しかけた方がいいのだろうか?)
私と琉人のように、二人だけで参加している者は少ないように感じる。せっかくだから誰かに話しかけてみるべきだろうか。そう考えていると私たちに話しかけてくる人が一人いた。私達より二回りは背が高く、体がガッチリしている。裏社会で生きて来た人間特有の雰囲気がある。そして背中には一メートルは優に超えるであろう巨大な刃物があった。
「おい、お前、雲龍家の人間か?」
(雲龍家?そういえば、琉人の苗字が雲龍だったような気がする。琉人の知り合いなのだろうか?)
そう思い琉人の方を見ると、琉人は彼を睨んでいるのが見えた。知り合いではなさそうだ。
「お前、誰だ?」
琉人は警戒心たっぷりの声で彼を睨んだ。
「ああ。俺は昔、雲龍家の一人に殺されかけてな……この顔の傷はその時のものだ。それ以来、雲龍家の人間を見つけたら復讐をすることを誓った」
「なるほど。それは気の毒に」
琉人は感情の籠っていないような棒読みで言った。それが彼の尺に障ったようだ。彼は背中に担ぎ上げた鋸を琉人の首元に当てた。
「調子に乗るなよ。……それにしても、当時有名な殺し屋だった雲龍家も落ちぶれたものだな。急に数年間行方を眩ましたと思ったら、今では悪江家の従事試験にノコノコ参加するぐらいだからな。」
「ああ。」
琉人はもう完全に彼に興味を失くしたようだ。視界に入らないように明後日の方向を向いている。
琉人の反応に、彼は完全に逆上したようだ。刃物を持つ手がビキビキと嫌な音を立てている。
「これが試験中じゃなかったら、今すぐその首を掻き切っていたところだ」
「そうか」
「そういえば、雲龍家が行方を眩ました理由に心当たりが一つある」
「……」
「なんでも、雲龍家の当主は妻と離縁してから人が変わったようになり、家庭が崩壊したのだとか。……しかも、妻は身売りされてどこかへ嫁いだという話も聞いたことがある。」
それを聞いた瞬間、琉人の目がゆっくりと動いて彼の方を見た。
琉人の反応を見て気を良くしたのか、あいつは気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「どうやらあの噂は本当だったようだな。」
琉人はゆっくりと彼を睨んでいた。その顔は、私が初めて見るような顔で、私の知らない琉人になってしまったようで怖くなった。
その瞬間、琉人が首元に当てられていた鋸をバキバキに砕き、どこかから短刀を取り出して彼の目元にある傷口に突き当てた。
「……何が言いたい」
琉人の威圧に怯んだのか、彼は一歩下がって琉人から離れた。
「ハハ。いきなりか。だが、こんなところで暴れない方がいいぞ。俺は親を通して悪江家のリードロア様に取り入っているからな。この試験は俺が合格するとすでに決まっている。悪江家の使用人として仕えることができれば、お前一人処分することなど造作もないのだからな」
そうは言いつつ、彼は琉人を恐れてか、離れていった。
(なんだかムカつく奴だな……)
そう思って私は彼の足に私の髪留めの紐を絡ませ、転ばせた。
彼は思いっきり音を立てて転んだ。
ちなみにこの紐を操るのは私の能力だ。血液を染みこませた細い紐を操れる。
すると彼はすごい形相で私を睨む。正直こんな小物に睨まれたところでどうでもいいとしか思わないが、これ以上絡まれると面倒だ。そう思っていたら、部屋の上の方からアナウンスが聞こえてきた。
「従事試験にお集まりいただいた皆様、誠にありがとうございます。それではこれより、試験を開始いたします。」
やっと始まるようだ。会場はその声で静まり返り、全員がアナウンスに耳を傾けた。彼はしばらく私を睨んでいたが、試験に集中しなくてはと思ったのか、これ以上絡んでくることはなかった。私は胸をなでおろす。
だが、胸をなでおろしたのもつかの間、すぐに異常事態が起こった。
突然アナウンスが止まり、変な声が聞こえてきたのだ。
「リ、リアムお坊ちゃま⁉ なぜここに?」
私は耳を疑った。
(リアム⁉ まさか悪江家の人間がこの試験を見に来たのか⁉ というか古都も一緒にいるはずだろう。いったいどうしたのだ⁉)
数秒間があった後、会場は蜂の巣を叩いたような大騒ぎになった。
「リアムお坊ちゃまだと?……悪江家の一人息子だよな?」
「いや、確かこの放送は悪江家の本館から流れているはずだ。リアム様は確か悪江家の屋敷から抜け出しているのではなかったのか?」
「そういえば、リアム様は家出して行方不明だとか聞いたことがあるが……」
「ほんとにどういうことだ?」
「と、いうかただの従事試験に悪江家の方々が関わるはずもないだろう⁉」
あちこちからそういった声が聞こえてくる。
私はハラハラしながらアナウンスが聞こえてくるスピーカーを戦々恐々と見守る。
その途端、変な雑音が放送に混じる。そして楽しそうな声が聞こえてきた。
『こんにちは。悪江家のリアムです。これから従事試験を始めます。え~っと、ルールの内容は……』
『何やってるんですか⁉』古都の驚いたような声も響く。
(古都は物の役にも立たないな! 頼むからリアムを止めてくれ!!)
だが、私の必死の心の叫びは全く届かなかったようだ。リアムの暴走は続いた。
『ルールの内容は三十分以内に今から始めるゲームをクリアした人が勝ちです。また、今からこの試験の様子を動画にして公開する予定です。……今から十秒間だけ試験の辞退を認めます』
ちょっと待て! いったいどういうことだ?
いーち、にーい、さーん……とリアムさんが秒数を数え始める。
何が起こるのか全く分からない。
だが、それは他の人にとっても同じだったようだ。
ほとんどの試験者が会場から逃げるように去っていくのが見えた。
「おい。私たちも逃げた方がいいのではないか?」
なんだか本当に嫌な予感がする。今すぐ逃げた方がいいようだが……
だが、琉人はすべてを諦めたような顔で私を見ていた。
「仕方ない。始まってしまったものはしょうがないだろう……」
「いや、そうは言っても本当に危険な気がするんだが……」
「多分あいつは一度暴走を始めたら絶対に止まらないタイプだ。……もう止められない」
琉人は何かを悟ったような顔をした。
「じゃあどうすればいいのだ⁉」
「どうしようもできない。……俺たちに後できることと言ったら、あそこにあるカメラを睨んで古都に訴えかけることぐらいだ」
琉人は完全に諦めてしまっていた。その顔を見て、私は少し絶望する。
リアムが十秒を数え終わるころには受験者は三十人ほどに減っていた。
『じゃあ、ゲームスタート♪』リアムの楽しそうな声が会場に響いた。
その瞬間、会場の地面が二つに割れ、中から巨大な落とし穴のようなものが現れた。私を含め、受験者たちは悲鳴を上げながら落ちていった。




