26 試験
琉人が帰って来たのは、夜が明けて朝日が昇り始めたころだった。
「遅かったですね。琉人さん」
古都が嬉しそうな声で言った。
「ああ。」琉人はそう言って微笑んだ。
「それで琉人、話しておきたいことがあるんだが」
私はゆっくりと言った。試験のことについて言わなければならないと思ったからだ。
「……? なんだ?」
私は琉人に悪江家の従事試験を受けるということを伝える。
一応、まだ悪江家を滅ぼそうとしていることは言わないでおき、裏社会で仕事を探す目的でその試験を受けてみたいと伝えた。
すると、琉人はしばらく考えた後、頷いた。
「ああ。俺もその試験、受けてみる。ちなみに、仕事内容はどんな感じだ?」
「護衛の仕事をできる人を探しているそうだ。戦闘能力を見るのだと思う。恐らく、かなり厳しい内容の試験になるだろう」
悪江家で仕事をするための試験なのだから、かなり内容はハードだと思う。それは琉人もわかっているようだ。軽く相槌を打ち、何かを考えるように視線を逸らした。
「……危険だから無理して参加してもらわなくても構わない。いざとなれば、私一人で行くから問題ない。」
危険な任務を達成するために、完全な部外者である琉人を巻き込むのはどうかと思ったのだが、琉人はなんということもないように頷いた。
「別に危険でもいい。……護衛の仕事ができたら、守りたい人もいるからな」
「……? 何か言ったか?」
何を言ったのかよく聞こえなかった。だが、何かを言っていた気がする。
「……いや、なんでもない」なぜか琉人の頬が少し赤くなっているような気がした。
その時、私はなぜか少し寂しくて辛くなった。なぜなのかは分からなかったが。
胸がズキっと傷んだ気がする。なぜなのか全く分からない。
(どうしたんだ私? 体調でも悪いのか?)
琉人は私が胸を押さえたのを気づいたのだろう。少し首をひねらせて私を見た。
だが、古都だけは場の空気を全く読めていないのか、
「じゃあ二人で一緒に参加できますね! 良かったです。」
と明るい声で言った。
「……ああ。」琉人も小さく微笑んだ。
「琉人さんが綾さんについて行ってくれたら心強いです。琉人さんは僕を助けてくれましたから、綾さんのこともきっと助けてくれるだろうなって安心できます。」
「? ああ。裁判の時のことか」
「はい。あの時は本当にありがとうございました。琉人さんがいなかったら僕は死刑になっていたかもしれませんでした。後でちゃんとお礼を言わないとと思っていたのです。」
「いや、別にお礼なんてなくてもいいだろ。仲間なんだから当たり前のことをしただけだ」
古都の琉人があまりにも仲が良さそうなので、私は一人だけ仲間外れにされたように寂しくなった。それで何となく、古都の頬をつねった。
「痛たた……どうしたんですか、綾さん」
古都は不満げに私を睨んだが、私は気にせず頬をつねり続けた。
すると、古都は私の反応を変に思ったのか、少し訝しげな顔をした。
「綾さん、最近変ですよ? どうしたんですか?」
古都はその後、なんだかブツブツと文句を言っていたが、それは私の耳には入らなかった。
私はさっきの琉人の顔が気になって仕方がなかったからだ。
(まさか琉人、好きな人でもできたのか?)
い、いや。もしそうだとしてもなんだというんだ。
琉人に好きな人ができようができまいが私にとってはどうでもいいはずだろう?何を焦っているんだ。
「……綾さん?……綾さん!」
何度か揺さぶられてやっと古都の声に気が付いた。
いつの間にか古都が私の目の前に移動していた。
「……なんだ?」
「……どうしたんですか? 綾さん」
「……何がだ?」
「綾さんさっきから何か変じゃないですか? どうしたんですか?」
まったく、こいつは察しがいいんだか悪いんだか。
「いや、別にどうもしていない」
私は慌てて取り繕う。
「……そうですか。ところで、そろそろその従事試験っていうのが始まるんじゃないですか?」
私は時計を見て驚く。いつの間にか九時になっていたからだ。
「もうこんな時間か!」
試験は十時からだ。今から出ないと間に合わないだろう。
「場所はどこだ?」琉人が私に聞く。
「中央の地下境界だそうだ」さっき羅紗に教えてもらった。
私は琉人の手を繋いで歩き出す。
「境界門? どこですか? そこ」
「地下境界とは地下に繋がっている門のことだ。」
この裏社会では、地上と地下で得られる物資、資源、生活などにかなりの差がある。悪江家に仕える資格を得たもののみが地下へ入ることを許される。地下はある程度規則や決まりが決められ、規則正しく動いている。一方、上の地上はほぼ無法地帯。一度入れば最後、二度と出てこれないと言われている。だからここではすべての人間が悪江家に取り入るためだけに必死になっている。
って、こんな話をしている場合じゃないな。このままだと試験に送れる。
「急ぐぞ。琉人。このままだと送れる」
一応十分前には言った方がいいだろう。そんなことが試されるかは知らないが、早く行くに越したことはない。
「ああ。急ぐか」
「僕、二人のお見送りに行きますよ」
そういって古都はついて来ようとする。
「いや、必要ない。お前は悪江家の令嬢の所に行ってくれるか?」
「リアムさんの所にですか? なんででしょう?」
古都は首を傾げる。
それを見て私は少し心配になる。
(おい、私が試験に受からなったら悪江家とつながりがあるのは古都だけなんだぞ⁉)
古都は分かっているのだろうか?
首を傾げて不思議そうな顔をしている当たり、恐らく何もわかっていない。
(もし試験に受からなければ古都に任務を任せようと思っていたのだが⁉)
なんだか古都のことが心配になった。
(こうなったら意地でも試験に受からなければ)
私はそう決心したのであった。




