25 潜入(綾視点)
私は羅紗に言われた任務を成し遂げる方法を考えていた。
悪江家は潜入しようと思って入れる場所ではない。
強硬突破は不可能だろう。
だが、この任務は私が表社会に帰れるかどうかがかかっている重要な任務だ。
失敗するわけにはいかない。
もうこの際、潜入は諦めて古都に託すか?
古都も羅紗に悪江家を滅ぼすよう言われているのだそうだ。
そういえば羅紗は古都の爆発を裏社会で引き起こすと言っていたが、古都はその気になればここ一帯の土地をすべて吹き飛ばせるのだろうか?……五年前の、爆発のように。
(それだったら、私は古都に悪江家の殲滅を任せ、私は古都の見張りに徹するべきか?)
私は横に座っている古都を見る。彼は、不思議そうな目でこっちを見ていた。
なんだか何もわかっていなそうだ。
(まさか悪江家を殲滅する張本人が、任務の内容をよく分かっていないわけないだろうな⁉)
さすがにそうではないと信じたい。だが、古都を見るたびになんだか不安になってくる。
(やはり、古都にこんな重要な任務は任せられない)
そう思った私は、作戦を変更した。私も悪江家に乗り込んで、古都のサポートをするべきだと思ったのだ。私がそういうと古都は首を傾げた。
「悪江家の屋敷に潜入するんですか?」
「ああ、今のところそういう予定だ。」
「私たちは異能を持っているだろう? 悪江家は常に強い能力者を探している。だから潜入できる可能性は高い」
これは羅紗が言っていた情報だ。私が裏社会へ行ってから定期的に情報を送ってくる。羅紗が他人の面倒を見ることはほとんどないため、きっと重要な任務なのだと伺える。
(やはり、全力で任務に当たらねば)
そう考えていると、古都が信じられないような言葉を言った。
「そういえば、異能力って何ですか?」
(ハァ⁉)私は心の中で叫んだ。
「能力について知らないのか? 常識的な記憶は覚えているのかと思っていたが……」
古都は昔の記憶がないと言っていたが、日常的に使う記憶や常識的な記憶は覚えているものだと思っていた。まさかこの、すべての人間が異能を持っている国で異能についての記憶がない人間がいるとは思わなかったのだ。
「……まるで、意図的に記憶を消されているようだな」
古都が覚えていることに少し偏りを感じるのは気のせいだろうか。
まさか、記憶を消す能力者とか何かか?
……そういえば、確か亜羽様に仕えている者にそんな異能を持った人がいた気がする。
確か名前は……くるみ…だったか。
「今、何か言いましたか?」
「あ、いや。なんでもない。」私は慌てて首を振る。
「それで、悪江家の屋敷に侵入するということですが、琉人さんはついて来てくれると思いますか?」
それで、私は琉人のことについて話していないことを思い出した。確か、あのリアムという子供が彼の母の死に関わっているのだそうだ。だったら、個人的な復讐のために私たちについて来てくれる可能性は高い。彼も裏社会の人間だそうだから、少なくともここで生き残れるほどには戦闘能力があるということだ。だったらともに来てくれた方が心強い。
「恐らく、ついてくると思う。琉人は悪江家に個人的な恨みがあるそうだ。だから可能性としては高いと思う」
「個人的な恨み? どういうことですか?」
「ああ、琉人は悪江家の人間に家族が殺害されたそうだ。詳しくは知らないが」
本当は詳しく知りたかったのだが、聞けなかったし、聞いても教えてもらえなかっただろう。それに、人の過去というのはそんな根掘り葉掘り聞きだすようなものではないだろう。
(恐らく、琉人の友達だという古都も気になるだろうな)
そう思って古都の方を見たのだが、彼は思っていたより反応が薄かった。
「そうなんですか。」
彼はそう一言だけ言った。
……相変わらず、感情が読み取りづらい。
まるで、感情がそのまま抜けてしまっているようだ。
その感情の読めない目が少し怖くて、私は慌てて話題を変える。
「そういえば、さっき悪江家の子供……リアムだったか? 彼と友達になったといっていただろ?」
「彼じゃなくて、彼女ですよ。裏夢さんのことですね」
「彼女? 悪江家に令嬢はいなく、一人息子がいると聞いたことがあるが」
悪江家についての話題は裏社会ではすぐに広まる。
私が昔、裏社会にいた時もすぐにそんな噂を聞いたことがある。
「そうなんですか? 女性に見えましたけれど」
「女性? どんな見た目だったか?」
「ええっと。藍色の髪に虹色の目でした」
実際に会った古都がそういうのなら間違えないのだろう。
(というより、体を交換していたそうだから間違えるはずもないか……)
って、何を考えているんだ私。
「……そうか。」
「取り敢えず、情報が足りない。うまく彼女に近づいて、情報を聞き出してくれ」
「分かりました。……僕はそれでいいとして、綾さんはどうやって悪江家に侵入するんですか?」
「私は、悪江家の従事試験を受ける。うまくいけば悪江家の側近として潜り込める。」
上手くいけば、だが。
正直ほとんど受かることはないだろう。
「なるほど。それはいつ開催するんですか?」
「……明日だ。さっき羅紗の奴に聞いた」
私は通信機のようなものを取り出し、羅紗から届いたメッセージを見た。
「明日? ずいぶんと急ですね」
「ああ。というより毎日やっている」
「毎日? そんなに何度もやるものなんですか?」
「ああ。……毎日、それに参加した人間が半分以上行方不明になっているらしい」
「……行方不明⁉ どういうことですか?」
「詳しくは知らない。だが、ここでは人間がいなくなっても誰も気にも留めない。恐らく悪江家が秘密裏に処分しているのだろう」
「ええ⁉ じゃあ、なんでみんなそんな危険な試験に参加するんですか⁉」
「この裏社会は、ほぼ悪江家が牛耳っている。悪江家の評価がそのままここでの階級となるからな。全員、悪江家に取り入るために必死になっている」
「なるほど~。そうなんですか」
「お前は簡単に悪江家の令嬢と知り合えたから知らないのかもしれないが、普通は悪江家の人間に接近するのはほぼ不可能なのだからな」
「ほえ~。じゃあ僕、結構ラッキーだったんですね」
「全く。ラッキーなんてものじゃないからな」
ラッキーなんてもんじゃないに決まっている。毎日のように数千人の人間が死ぬ気で悪江家に取り入ろうとしているというのに。ほとんどの人が失敗していく。悪江家に入れたのはどれだけ幸運なのだろうか。
何となく私は古都の頬をつねりたくなった。
私は悪江家に潜入するために必死になっているというのに、古都があまりにも楽観的で能天気だからだ。
そのままつねり続けていると古都は怒ったように何かを言い続ける。
だが、その声が急に止まった。
「……あれ? 今、誰かいませんでしたか?」
誰か? そんなものいるわけがない。さっき、部屋に誰かが潜んでいないか入念に確認した。
私は古都の視線の先をたどる。だが、そこにはやはり誰もいない。
「いや、誰もいなかったぞ?」
「……え?」
だが古都はずっと何かを見ているように視線を漂わせた。なんだかその目の色が、いつもは黄色やオレンジ色に近い色なのに、真っ赤に染まっているように見えて、少し不気味に見えた。
「……リアムさんにそっくり」
古都は何かを呟いていた。
「……何か言ったか?」
「あ、いえ。なんでもないです」
いったい、古都には、何が見えているのだろうか。
なんだか古都が別の世界に生きているように感じて、距離がとても遠く見えた。




