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01 名前

 目を覚ましたら、薄暗い部屋にいた。天井のすごく高い場所に窓が見える。そこから差し込む白い光が、部屋を二等分していた。僕は足を動かしてベッドの外に出ようとした。


 それでやっと気づいた。


 僕の足に、鎖がつながっていることに。鎖が音を立ててジャラジャラと鳴った。


「目、覚めたのか?」


 いきなり話しかけられて、少し驚いてしまった。奥にある暗がりに誰か人がいる。


 十五、六歳ぐらいの少年だろうか?

 僕と同じような服を着て、鎖に繋がれている。


「ひゃあ!」


「なんだ? その化け物でも見たような声は。」


「えーと。あの、ここどこですか。」


 すると彼は、少し怪しむような顔をしてこちらを向いた。

「見て分からねぇのか?……牢獄だ。それもこの国で最も脱出が困難とされている、バルシア牢獄だ。」

 僕は周りを見回してみた。


 すると、扉には鉄格子がはめられていて、壁に拷問道具のようなものが並んでいることが分かった。


 なるほど。確かに牢獄だ。

 それなら、僕はなんでここに鎖で繋がれているのだろう。


 まさか、僕は何か犯罪にでも手を染めてしまったのだろうか。

 目が覚めたら囚人だっただなんて、それはすごく嫌だ。


「えーっと……。と、いうことは僕、何か罪を犯してここに捕らえられているということなんですか?」


 彼は今度こそ怪訝そうな顔をしてこちらをにらんだ。

「ハァ⁉ 知るかよ。そうなんじゃねえか?」


「なるほど。じゃあ、僕はいったい何をしたんですか?」

 それを聞くと彼は呆れたような顔をした。


「いやお前、それは変だろ。」

「何でですか?」


「だって……自分のことなのに知らないって変だろ。」

「そういうもんなんですか?」


 彼は僕の顔をじっくりと眺めた後、変わったものを見るような顔をした。

「お前、何つーか……面白れぇな。」


 彼は立ち上がろうとして、自分の足にある鎖を思い出したかのように眺めた。


 彼は自分の足にある鎖を掴むと、素手で粉々に破壊した。


「はぇっ」

 僕は驚きのあまり変な声を上げた。


「なんだ? その声。」

 彼は呆れたような声を出した。


「えっ。それってそんな簡単に外せるものなんですか?」

 そんな簡単に外れてしまっては鎖の意味がないだろう。なんで外せたのかも謎だし、つけた理由も謎だ。


「ばーか。鎖が外れなきゃ食事の時に困るだろ。ノリでつけているようなものだ。こんなの。」

 彼は粉々になった鎖をベッドの下の落としながら言った。


「どうやってとったのかも全然分かりませんでしたよ?」

 僕は自分の鎖を引っ張ってみる。物凄く固い。こんなの手で粉々になどできないだろう。


 僕が頑張って取ろうとしているのを見て、彼は小さく笑った。


「全く、仕方がないな。俺が取ってやる。」

 彼は僕の方まで歩いて来て、僕の鎖も粉々に砕いた。


 そのまま僕のベッドにストンと腰を掛ける。

 光が当たるところまできたせいか、彼の顔がよく見えた。

 彼はこっちを見ているのに、どこか遠くを見ているようだった。黒い瞳は、どこか薄暗い。


「俺の名前は雲龍琉人。お前は?」


「僕の名前は、……僕の名前は…えーっと…何でしょう?」


「ハァ⁉ お前、自分の名前も分かんないのか。やっぱ面白れぇ。」


 彼は小さく笑った。どこか子供っぽい笑顔だった。でも、それでいて少し寂しそうな笑顔だった。


「俺、五年前からここにずっといるんだ。」

「五年間もですか?」


 それほど長い時間をこの部屋で過ごすのはかなり退屈ではないだろうか。


「お前は俺の一週間ぐらい前からここの牢獄にいただろ? まあ、意識不明の重体だったが。」

 なんと、僕は五年間も眠っていたらしい。


「あなたはなんでここに来ることになったんですか?」

「……まぁ、ちょっとした家族の事情だ。」


「そうなんですか……。では、僕はなんでこの監獄に入ることになったんでしょうか。」

 僕は思い切って聞いてみた。


「お前本当に何も知らねーんだな。記憶喪失ってやつか。」


「そうなんでしょうか。僕、裁判とかやった記憶がないんですが。いったい何の罪でここにつかまっているんでしょうか。」


 その瞬間、急にどこかから声が聞こえてきた。


「それに関しては私が説明しよう。」


 声が聞こえた方を見ると、牢屋のドアにつけられた鉄の扉が音を立てて開いた。

 そこから一人の女性が音を立てて入って来た。

 彼女は頭から血を被ったような赤い服を着ていた。髪の毛は複雑に編み込まれていて、右手にはなぜかハリネズミが乗っていた。


(なぜハリネズミ……?)

 突っ込みどころが多すぎるが、聞いていいのか分からないため琉人に聞くことにした。


「誰ですか、この人?」

「ああ。服からして、この牢獄の警備員だ。逆らうと殺されることもあるから気をつけろよ。)

「えっ⁉ 殺されるんですか⁉」


 驚きのあまり大声で叫ぶと、琉人さんは慌てて僕の口を塞いだ。

「馬鹿っ。声がでかい!」


 慌てている俺達を見て、彼女は呆れたようにため息をついた。

「何を勘違いしている。別に私はそなたを取って食ったりはしないぞ。今日は報告があって来たのだ。」


「報告? 何ですか?」

 大変申し訳ないが、記憶喪失の僕に報告することなどないだろう。もちろん思い当たることなんてあるわけない。


「報告の内容はお前の裁判についてだ。普通ここに来た奴らは、来る前に裁判を受けるんだが、そなたの場合、意識不明の状態で来たからな。まだ裁判を開いていない。よって、明日、裁判を受けられることになったのだ。光栄に思い、亜羽様に感謝しろ! 分かったな。」


「あばね様? ですか? 誰ですかその人。」

 すると後ろから話を聞いていた琉人さんが耳打ちをしてきた。


「この監獄を管理している、最高責任者だ。」

「つまり、一番偉い人というわけですか?」

 小声で質問をすると、琉人さんは『あぁ』と小さく頷いた。


「今から三つ、質問を受け付けよう。何か聞きたいことはあるか?」

「じゃあまず、僕はなんでこの監獄に入ることになったんですか?」


「うむ、いい質問だな。」

 彼女は小さく笑った。赤い髪飾りが小さく揺れる。


「5年前の世界最大級のテロを知っているか? 一人の少年が飛行機から飛び降りて自分ごと爆発をし、この国を炎に包んだ。」

 彼女は静かに僕を見た。


 その言葉を聞いて、僕は何かを思い出したような気がした。思い出したのは炎、燃える町、それと、誰かの声。僕は頭を押さえた。何かを思い出せそうなのに思い出せない。


 つかみかけていたものが塵になって消えていくような気分だ。


 まるで記憶に蓋がされているような感じだ。


「分かりません。」


「そうか。とぼけるのなら構わぬが、そなた以外に犯人などいないからな。……あの事件によりこの国はもうほとんど滅びたようなものだ。建物や植物はすべて吹き飛ばされ、更地だけが残った。生き残るためにはだれかの食料を奪い合わなければならない。町中に犯罪者が溢れかえり、少し歩けば道に屍が落ちている。もう誰も幸せになることは諦めているだろうな。」


「それで、その犯人が僕なんですか。」


「ああ、今のところ、お前以外に容疑者はいない。いまさら裁判を開くのでは遅すぎるかもしれぬが、しっかりと裁かれてこい。……あの事件で命を失ったものはたくさんいるのだからな。」


 彼女はどこか過去の光景を見ているようだった。

 きっと、五年前に亡くなった人を知っているのだろう。


「なんというか……申し訳ありません。」

「いや、別に謝る必要もない。もう五年以上前のことだからな。」


 彼女は重くなった空気を紛らわすように明るい声で言った。


「さて、他に質問はあるか?」

「えーっと。僕の名前はなんなんでしょう。」


「名前か?囚人番号は31762だ。番号で呼べばいいだろう。」

 彼女はそう言って僕の左腕を指さした。

 確かによく見ると左腕に番号が書き込まれている。


「ええー? 番号で呼ばれるなんて嫌ですよ。」

「と、いうか知っているわけがないだろう。自分の名前を知らないのか?其方の身元は警察が総出で探したが割り出せなかったのだ。孤児か何かか?」


「えーっと。分かんないです。」

 すると彼女は目を丸くした。

「はぁ⁉ どういうことだ。」


「記憶がないんです。自分がどんな人間でどんなふうに生きてきたのかが分かりません。」


「記憶喪失か。脳の損傷や幼少期のトラウマによって引き起こされるというが。まあ、飛行機から真っ逆さまに落ちたのだからあり得なくはないな。と、いうより良く生きていたな、お前。」


 彼女は呆れた顔で言った。


「確かに。なんで生きているんでしょう僕。」

 飛行機から落ちてきて死なない人間なんていないだろう。普通。


「知るか。そんなこと。では話は終わりだ。明日の夜に私の元へこい。案内してやる。」

 彼女は部屋から出ようと、扉に手をかけた。


「あっ。ちょっと待ってください。」

「なんだ。」


「三つ質問していいって言いましたよね。もう一個質問してもいいですか?」


 まだ話は終わっていないのに出ていこうとするなんてひどい。僕はあわてて呼び止めた。

「なんの質問だ? 答えるかは分からぬが。」


「あなたの名前、教えてください。」


 すると彼女は不思議なものを見るような顔をした。

「名前は綾だ。神野綾。全く、私の名前なんて尋ねてどうするつもりだ。明日には死んでいるかもしれないんだぞ。」


 死んでいるかもしれないとはどういう意味なのだろう。


「それって、僕が明日には死刑になっているかもしれないという意味ですか?」


「さあな。…まあ、お互い死なないように気を付けなければな。」

 彼女は部屋の扉を開いて外へ出た。


「待ってください。」


 だが彼女は、今度は待ってくれなかった。

 赤い糸でできた髪飾りが揺れるのが見えた。

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