19 花畑
僕は天蓋付きのベッドで目を覚ます。
ひとまずあの血だらけのベッドには寝かせられてないようだ。
胸をなでおろす。
そこで僕は自分の体が別の人のものに変わっていることに気が付いた。
長い紺色の髪が肩から垂れて下がってきた。
「目が覚めましたか?」
「花柳さん。」
リアムさんの側近だ。
「リアムさんはどこに行ったんですか?」
僕は慌てて聞く。
「お坊ちゃまなら、古都さんの友達の……綾さんと琉人さんでしたっけ。その方と一緒に外に出ましたよ。」
彼女は天井にある出口のようなものを指さす。
「えっ。そうなんですか? えっ? じゃあ僕、二人に追いて行かれたんですか⁉」
「まあ……簡単に言うとそういうことです。」
「僕もすぐに後を追います!」
僕は慌ててその扉に手をかける。だが、びくともしない。
「無理ですよ。中からは開かないようにできています。」
「えっ? じゃあ僕、このまま外に出れないんですか?」
「まぁ……そういうことです。」
「えぇっ? どうしましょう。」
「どうしようもないですよ。せっかくですからリアムさんが戻ってくるまで、この辺りを探検してみたらどうでしょうか。」
「うう…。そうですね。そうします。」
二人とも置いていくなんてひどすぎる。僕は少ししょんぼりしながら屋敷の中をぶらぶらと歩く。
すると、明るい場所が見えてきた。
「あっちには何があるんですか?」僕は光の見える方を指さした。
「あっちは海岸の方ですね。……行ってみますか?」
「はい!」
僕は階段を駆け上がって上へ向かった。上の階に来たからだろうか。
太陽が目に入ってすごくまぶしい。
「あれ? ここ、お花が生えていますよ。」
そこには花畑のようなものがあった。
水の中に植物が生えているように見えて、なんだか不思議な感じがした。
「はい。……お坊ちゃまが地上から持ってきたのです。すごくきれいでしょう?」
「はい。」
僕は花畑の中にある小道に沿って歩いていく。
すると、不思議な石のようなものを見つけた。
「何ですか? これ。お墓?」
小さな石と大きな石が、花畑の中に隠れるようにして並んでいた。
「……。」花柳さんは急に何も言わなくなった。
その表情はリアムさんがさっきの血の付いたベッドを見ながら浮かべていた、懐かしむような表情と似ていた。
「……さっきの、ベッドについていた血液と何か関係あるんですか?」
やはり彼女は何も言わない。
なんだか何かを隠しているようにも見えた。
(確かに、少し気になっていることがあったんですよね。)
まず、あの魔法陣は何のために作られたのかということだ。
リアムさんが父から隠れて外に遊びに行くためにわざわざ作られたとは考えづらい。
そもそも、治療室にあるというところが気になる。
(何かの治療に意識の交換の魔法陣を使っていた?)
だとしたら誰が、なぜ、なんのために。
いくつか気になることがあったが、ひとまず何も考えないでおくことにした。
考えれば考えるほど訳が分からなくなっていきそうだった。
いったん情報収集に専念しよう。
僕は琉人さんと綾さんのため、絶対に重要な情報を手に入れることを決意したのであった。
ーー
私は部屋で一人、琉人の帰りを待っていた。
それにしても遅くないか? 何か仕事をしてくると言っていたが。
もしかして何かあったのだろうか。
まさか、あいつに何かされたのか?
あの、『古都の姿をした何か』に何か罠でも仕掛けられたのではないだろうか。
考えれば考えるほど心配になる。
本当に大丈夫だろうか?
すると、部屋がギ―と音を立てて開いた。
「琉人か⁉」
「ううん。はずれ。」
そこにいたのは『古都の形をした何か』だった。
「なんだ、お前か。」
「お前って失礼だよ。僕にはリアムって名前があるんだけれど?」
彼は頬を膨らましながら言った。
「リアム……ちなみに、苗字は?」
なんだか名前を聞いたことがある気がする。
「悪江、リアムだけど?」
彼は今度は首を傾げた。
(悪江⁉)それを聞いて、私は悲鳴をあげたくなった。
悪江家の家から出てきたため、それなりの重要人物だとは思っていたがまさか悪江家の人間だとは思わなかった。そういえば悪江家にはリアムという子供がいると聞いたこともある。
彼に近づけば、任務を達成できるのではないか。
「どうしたの?」
「あ、いや。なんでもない。」私は慌てて誤魔化した。
彼はまた首をかしげる。
「そういえば、古都はどこにいるのか?」
私は慌てて話題を変える。
「古都は今、僕の自室にいるよ。今、体を取り換えているんだ」
彼は楽しそうに言った。
「体を取り換えている? お前の異能は確か魚を出すものだろう? 二つも能力を持っているわけないだろう」
「ああ、体を取り換えるのは僕の側近……というより主治医の能力。僕の能力とは関係ない」
なるほど、側近の能力か。そういえば、悪江家は屋敷の人間をほぼ全員能力者で固めていると聞いたことがある。正面衝突は無理か。
「それで、古都はどうするつもりだ?」
「うーん。どうするつもりもないよ。一日だけですぐ元に戻る予定だったし」
一応、古都を捕らえておくつもりはないそうだ。
「そうか」
私は少し安心する。古都の監視も任務に含まれているのだ。古都が帰ってこないと任務に支障が出る。
「今から古都に体を返すつもりだけれど、一緒に来てくれない?」
「……なぜだ?」
古都を返してくれるのはうれしいが、なぜ私もついていくのだか分からない。
「あそこの扉は外からしか開かない造りになっているから。古都が外に出られないと困るでしょ?」
彼女はニコッと笑いながら言った。
外からしか開かない? なんだか閉じ込められているみたいに感じる。まるで水槽のように。
(いや、あの館は自分の異能で造ったわけではないのか? つまり、自分で自分を閉じ込めている?)
考えるほど彼が何者なのかが分からない。
「……来ないの?」
彼は不思議そうに私を見た。なぜかその目に得体のしれない怖さがあった。
少し歩き、あの海にたどり着いた。
彼女はそこへ歩いていく。
「一時間ぐらいしたら、扉を開いて。古都が出てくるから。」
「……ああ、分かった。」
三歩ぐらい、歩いた後だろうか。彼女は急にこっちを振り向いた。
「悪江家の情報が欲しいの?」
彼女は楽しそうに笑っていた。
(なんだ、こいつは……)
私が悪江家を滅ぼそうとしていることを知っているのだろうか。
そんな私の顔を見て、彼女は楽しそうに笑った。
まるでいたずらに正解した子供のような顔だった。
私の動揺を差し置いて、彼は海の中に歩いて行った。




