番町皿屋敷(もうひとつの昔話55)
江戸の番町に、青山播磨という殿様の住まう屋敷がありました。
その屋敷には多くの腰元が仕えていて、殿様の身のまわりの世話をしていましたが、なかでもお菊という腰元は殿様の一番のお気に入りでした。
「お菊、お菊はおるか」
殿様はことあるごとに、お菊ばかりに声をかけてかわいがりました。
ですが、ほかの腰元たちはおもしろくありません。
「なによ、殿様ったら。いつもお菊、お菊って、お菊ばかりをかわいがって」
「お菊も、お菊よ。いい気になってさ」
「ねえ、お菊をこまらせてやりましょうよ」
腰元たちは相談をして、お菊をおとしいれる計画を立てました。
その悪だくみ。
殿様が大事している十枚一組の絵皿のうちの一枚を隠し、それをお菊のせいにしてやろうというものでした。その皿は青山家の家宝で、一枚かけても値打ちが失われてしまいます。
ある日。
殿様が絵皿をながめようとしたところ、絵皿は九枚しかなく、なぜか一枚なくなっていました。
殿様はすぐに腰元を一堂に集めました。
「十枚あるはずの絵皿が一枚たりないのだが、おまえたちのだれか知らぬか?」
殿様が厳しく問いただすと、それに一人の腰元が答えました。
「そのお皿なら、お菊が割ってしまいました」
「お菊、それは本当なのか?」
「いいえ、なにかのまちがいです。わたしには、まったく身に覚えがございません」
お菊は首を強く振りました。
「お菊は嘘を言っております。わたしはお菊が皿を割ったところを見ておりました」
「わたしも見ました」
「わたしもです」
腰元たちが口々にお菊が割った言います。
それを聞いた殿様は、腰元たちの話をすっかり信じこんでしまいました。
「お菊、正直に話せば許してやろう」
「わたしは割っておりません」
「正直に申せば許してやると言っておるのに、まだ言い逃れをするのか!」
「本当です」
「まだシラを切るか! こんりんざい、おまえの顔など見とうない。さっさと屋敷から出て行け!」
殿様は最後まで、お菊の言葉を信じようとはしませんでした。
その晩。
悲しいかな、お菊は屋敷の井戸に身を投げました。
ある晩。
お菊が井戸端でお皿を数えておりますと、そこへ幽霊仲間のお岩さんがふらりとやってきました。
「今晩も数えてるのかい?」
「一枚、どうしても足りなくて」
「ちょっとお皿を貸してごらんよ、あたしが数えてみるから」
お岩さんは皿を受け取ると、火傷をまぬがれた片方の目を見開いて数え始めました。
「一まーい、二まーい、三まーい……八まーい、九まーい、十まーい」
お皿は十枚ありました。
「どうして、どういうことなの?」
お菊はもうびっくりです。
お岩さんはなに食わぬ顔で言いました。
「なあに、目を皿にして数えたのさ」