2-1 彼の名前
人が生まれて初めて出逢う人は、実は母親ではなく医者である。
そんな笑い話を聞いた事がある。
人が生まれるという事はそんなに高い確率ではない。一個人がその母親の元に誕生するのは運命であるとか、母親と子供の絆であるとか、そんな話を耳にした事もある。
絆とは何だろう、とたまに考える。
父親は死んだと言われて育った。何故死んだのかと訊いても明確な答えは得られず、父親がいないからという理由で、友達が少なかった。
父親がいないから付き合ってはいけないという、その考えは一体どこから来るものなんだろう。
母親は女手ひとつで俺を育てた。不幸だと思った事は、母親が生きていた頃には一度もなかった。母親が死んだ時、自分が今不幸であると思った。
母親はある日突然、風呂場で手首を切って死んでいた。家計が逼迫していたわけでもなく、前日迄は普通に会話をしたように思う。
自殺者に対して「何故相談してくれなかったか」というのは無理な話だ。他人に相談出来る人は自殺なんてしないと思う。
後日彼女が癌に侵されていたと知った。一年と少し前にかけた生命保険が俺に支払われた。一年前に癌が発覚していたとは思えなかったけど。
でも彼女は癌ではなく自殺としてこの世を去った。死亡診断書には手首殺傷による出血多量、と書かれていたように思う。
若い内は癌の進行も早いとは聞くが、何故もう少し闘う事が出来なかったのか。
高校卒業までの三年間、俺の父親だと名乗る人から家賃ほどの金額が振り込まれる事になった。別に今更認知をして貰ったわけでもなく、会う事もない。
母親が死んだことで、父親と名乗る人と縁が出来た。だから何だというのだろう。
これは、絆ではない。
運命だと思いたくもない。
傍に誰も居なくても良い。この縁は働ける歳になる迄。あとは一人で生きてやる、と十六の歳で心に決めた。
誰に頼ることなく、独りで。
幸せそうに笑っているクラスメイトと、同じ様に笑えなくなった。一線を引いたわけではないけど、笑うと仮面が剥がれる。
誰にも頼らないという強がりの武装をし続ける為に、俺はいつも一歩退く。
そんな時に出逢った彼は、間違いなく俺の運命だと言える。
彼が傍にいると、長年の孤独感は消え、心が満たされるのだ。
如月。
それが彼の名前だった。
第二章が本編になります。
暫くお付き合い頂ければ幸いです。




