1-3 独り言のように
彼の中で、かなりストレートな質問が来るという覚悟があったのだろう。彼は一瞬ポカンとした顔をした。そして声を上げて笑う。
「久し振りだな、こんなに笑ったの」
言って俺に背を向ける。
右腕を上げ、人差し指を立てる。
何が始まるのだろうと見守っていると、彼は空中に文字を書き始めた。
ノ、木、火。
「秋」という字を書き、一度俺を振り返る。振り返ったまま、左から右に線を書いた。
秋、一。
「俺の名前。解った?」
くるりと振り返り、首を傾げる。黒いコートの裾がふわりと翻った。
「シュウイチ、さん?」
「そう」
頷き、独り言の様に。だよね普通、と笑う。
「次」
「え」
「次の、質問をどうぞ」
彼は俺の正面に真っ直ぐ立っている。腕を後ろで組んで。
その姿が余りにも普通過ぎて、俺の中にある疑問はとつもなく馬鹿馬鹿しいものであるように思われた。
「あの」
それでも俺は訊いてしまう。
「シュウイチさんは。その、吸血鬼、なんですか」
風が鳴り、木々が揺れた。そんな中、
「……そうだよ」
静かな声が、聞こえた。
血を吸うんですか、という問いにも彼は頷く。
「吸血鬼とかヴァンパイアとか、そんな呼び名が正しいのかは解らない。けれど、俺は人の血を飲んで生きているよ」
俺は何を期待していたんだろう。期待? 何だろう、よく解らない。
でも彼に吸血鬼だと認めて貰いたい気持ちと、違うと否定して貰いたい気持ちがあった。
自分とは違う生命を持った人。そんな人が実在し、会えたという喜び。
反面、自分とは相容れない、途轍もなく遠い存在であるという事の再確認。
「怖い?」
三度目になるこの問いを彼から受け、左右に強く首を振る。
不意に肌寒さを感じた。
時計を見ると四時を回っている。図書館は五時に閉まる。今日も勉強が手につかない。母親に心の中で詫び、ヨシと気合を入れ直す。
「例えばっ」
「ん?」
木を見上げていた彼が、視線を俺に戻す。俺は彼を真っ直ぐに見上げる。
「例えばその、蝙蝠に変身するとか、黒い傘に変化するとかないんですか」
ストレートだなあと思いながら口にする質問に、彼は苦笑した。
「以前にもそういう質問をした奴が居たよ」
目を細めて俺を見る彼は、少し寂し気だった。
「どう、答えたんですか」
「百八十を越す身長の俺が、体長二十センチの蝙蝠に変身出来ると思うのか」
「え」
「テレビの観過ぎだよ」
「そ、そうなんですか」
ハッキリと否定され恥ずかしくなって肩を竦める俺に、
「そう、答えたよ」
と続ける。
百八十という言葉に引っ掛かり、訊き返すべきかと思っていたら、
「ニンニクも十字架も聖水も。陽の光も平気だから」
とシュウイチさんは笑った。
俺は、訊くタイミングを逃してしまった。
俺達の間を風が抜け、彼は西の方を見る。
「陽は大丈夫だけどさ」
「はい?」
「夕焼けは、嫌いなんだ」
だからこれで帰るよ、と彼は俺に向かって微笑む。
最初にした様に小さく手を上げ、じゃあと向きを変える。俺が通り抜けようとした、図書館のある方角へ、一歩踏み出す。
「あのっ」
勢い良く立ち上がり、数歩だけ彼を追い掛けた。立ち止まり、俺を振り返る彼。
「又、会えますか」
言った俺に、彼はうん多分、という曖昧な言葉を返した。
もう一度手を上げ、今度は振り返る事無く行ってしまう。
俺の中には、これで会えなくなったらどうしよう、という焦燥感だけが残った。
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