3-3 あの時と同じ場所に
しかし、同じ匂いを、同じ気配を。
彼と同じ空気をまとっている青年に声をかける事はとてもじゃないけど出来なかった。
遠く離れた位置からも、その表情を直視する事が出来ない程に、心が臆病になっていた。
青年と話してみたいという気持ちはあるのに、行動を起こす事が出来ない。所詮彼とは違う人なのだから、と自分に何度も言い聞かせる。
どこに住んでいるのか。何をしているのか。学生だろうか。名前は何というのだろう。
考えてみるが訊く事は出来ない。
突き止める事は簡単に出来るだろう。
それでも青年がどこに住んでいるか、知るのが怖かった。
もし本当に彼の血縁だったとして、もし彼に再び会える事になった時、自分の事を忘れてしまった彼に会う事が怖い。
もしくは彼がこの世に既に存在していない場合、それを認めなければならない事が怖かった。
街を歩く。
毎日の事ではないが、青年の気配を感じ振り返ると、街角に青年を見掛けた。
痛む胸を押さえて、その背中を見守る。
振り切って別の街に行こう。たまに戻って彼の想い出を辿る時、こんなに長い間留まった事はないではないか。
人の記憶に残らない様にと思いつつ、二週間近く青年を探しては陰からこっそり見ているなんて。彼の面影を追うにしても、期間が長過ぎる。
秋の空を見上げる。
夕暮れ時はいつも公園のベンチで空を見上げる。
思い出のベンチだ。
あの時と同じ場所に、同じベンチがいつまでも残っているのは、救いであるように思えた。
彼と出逢ったあの時間が夢ではなかったという証。
もたれていた背を起こし、前屈みになる。
祈るように手を組み、明日で最後にしようと考える。
明日もう一度だけ青年を見て、そして。
ふと気配を感じて、身体が震えた。
顔を上げてゆっくりと左を見る。
遠くに。
まだ表情は確認出来ない程の距離に、青年が、居た。




