3-2 少しの罪悪感
この街に戻って来たのは未練だ。何年の月日が経っていると思ってるんだ、と苦笑してしまう。
彼と別れて二桁の年が過ぎた時、一度この街を訪れた。
彼と数日間を過ごした小さなハイツは、立派な一戸建ての家二軒へと変化していた。
彼がその後どうしたという軌跡を辿りに来たわけではなかった。それでもその時、その新しい家のチャイムを鳴らし、以前の住人の話を訊かずにはいられなかった。
丁寧に対応してくれた裕福で幸せそうな女性は、当たり前だけど「何も知らない」と答えた。
数年したらこの街に戻って来るというのは、その後定着した。
街を歩き彼との想い出に浸り、少し胸を温かくしてこれからの孤独に耐える、儀式の様なもの。
ただ今回のその儀式は、いつもの様にはいかなかった。
胸が締め付けられるような衝撃が走った。
彼を、見掛けたのだ。
本人ではない。本人のはずがない。
ただ彼の気配を、彼の匂いを感じて身体中が震えた。
驚きで上手く息を吸うことが出来ない。
随分変わってしまった街をふらりと歩いていた時、二車線の車道の向こうに、その気配を感じた。
急に立ち止まった為、後ろを歩いていた会社員風の男にぶつかられ舌打ちをされたが、反応する事が出来なかった。視線は車道の向こう側に釘付けだった。
車道の向こう側を歩く青年は、勿論こちらの視線に気付く筈もない。
人の波を避け、前を見据えてスタスタと歩く姿とその横顔は、彼そのものに思えた。
そのまま角を曲がり、視界から消えてしまったが、匂いはいつまでも付いて回った。
どうしよう。もう一度だけ。
もう一度だけその姿を見たい。
ストーカーという単語が頭を過ぎり、思わず苦笑した。
遠い昔に同じ事をしたとを思い出す。
あの青年が彼であろうはずがないのに、それでももう一度会いたいと思うのは、それは彼に対しての裏切りではないのかと、心に少しの罪悪感が生まれる。
容姿が似ているとしっかり確認したわけではない。遠目に見ただけなので、横顔と背格好が似ていた、と思うだけだ。
それ以前に青年の顔を確かめる勇気はなかった。でも青年は彼の血縁関係に違いないという確信に近い思いがある。血縁であれば、彼の話を聞けるのではないだろうか。
都合の良い様に物事を進めようとする自分が居て、恥ずかしくなる。
それでも、彼への想いは止まらないのだ。
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