2-15 ノドのカワキ
俺は長い時間動けなかった。
彼は解ってくれてなかったんだと知ってしまったから。
通じ合っていたと勝手に信じていた。俺が傍に居たいと言ったのだ。
ずっと一人で永い時を過ごして来た如月。彼の傍に「居てあげたい」わけじゃない。俺が彼の傍に居たい。
彼に傍に居て欲しいのだと。
それが如月には伝わっていなかったんだ。
如月はずっと迷っていた。俺を道連れにしたくないと悩んでいたんだと思う。
それを感じたから俺は必死だったのに。
傍に居て、行かないでと何度も、何度も。
又夕日が差し込み、部屋がオレンジに染まる。
夜、朝、昼、夕方。
部屋の明るさが変化し、日が経つのが解る。
俺は、動けない。
夕焼けが部屋を染める度に、胸に切ない痛みが走る。でも涙は出なかった。
ぎゅっと瞳を閉じる。
如月。
念じるように、何度も心で名前を呼ぶ。応える声があるわけじゃないのに、呼ばずにはいられない。
彼の気持ちが解っても、心に湧いてくるのは「どうして俺を置いて行ったんだ」という疑問だけ。
何日をそうやって過ごしたのか。時間は知らない。
何度も部屋に夕焼けが差し込み、夜になり朝になった。
そして俺は初めて気付いた。
ノドのカワキに。
右手を喉に当てる。意識して唾を飲み込む。
まさか、という気持ちが湧き上がると同時に、俺は笑った。
鼻から口から、笑いが漏れた。
初めはくすくす、最後にはお腹を抱えて、狂った様に笑った。
もたれていたクローゼットから背が滑り、そのまま寝転んで笑い続けた。
ひとしきり笑い、笑い過ぎて痛くなった腹筋を押さえ、漸く一息吐く。大きく溜息を吐き、仰向けになり天井を見上げる。
「バッカじゃないの」
久し振りに出した声は少し擦れていた。
天井が歪み、涙が頬を伝う。俺は大の字に寝転んだまま、瞳を閉じ、涙を流し続ける。
吸血鬼になるには、吸血鬼の血を飲むのだと如月は言った。俺はいつその儀式をするんだろうとずっと思っていた。
如月はそれを避けた。でも違ったんだ。
血じゃなくても良かったなんて。
「エイズと一緒か」
両手で顔を覆う。
彼に抱かれた次の日に倒れて、高熱が出た。
あの熱は、病気なんかじゃなかったんだ。体が吸血鬼に変換される期間だったのだ。
如月も知らなかったんだろう。もし知っていたら、俺が眠っている間に消えてしまうわけがない。
「本当、バカだよなあ」
そして如月を想う。
やっと、ずっと傍に居る資格を得たんだよ、と言ってやりたい。
身を起こす。外が明るくなって来ている。
吸血鬼って夜目も利くんだなと思う。
便利だけど、超音波で仲間を呼べるくらいの芸当はしたい。そしたら如月を呼べるのに。
テレビをつけると、早朝のニュースをやっていた。
日付を見たら、高熱で寝込んでから十日経っていた。
驚きだ。その間殆ど食べず、身動きもせず居たなんて。
テレビを消し、机に向かう。
悩んだ末手紙を書くことにした。俺の父親と名乗る人へ。
一人で生きていきます、と。家出と思われないように、探されたりしないように、丁寧に。連れ戻されても困るのだ。俺はきっと、もう歳を取らないのだから。
これから永い時間を生きていくのだろう。母親が死んでからの孤独とは比べられない程の、永遠の時間。
でも俺は以前とは違う。以前は何も無かった。したいこともなりたいものもないまま、ただ寿命があるから生きているだけだった。
これからは違う。如月を探す。もう一度彼に逢う。些細な事に思えるけど、永い時間をかけた大きな目標になるだろう。
書いた手紙をポケットに入れ、俺は玄関へと向かう。
靴を履きドアに手をかけた時、シュウちゃん、と。呼ばれた気がして振り返る。
誰も居ないはずの部屋に、母親の幻影を見たような気がした。
ゆっくり身体の向きを変え、部屋を正面に見据えて頭を下げた。
「行って来ます」
ドアを開け、閉まる瞬間、都合の良い俺の耳には、いってらっしゃいという声が聞こえた気がした。
父親に宛てた手紙を投函し、空を見上げると、日が昇って来るところだった。
全身に朝日を浴び、俺は誓う。
絶対如月を見付けてみせる。
誰にでもない。
自分自身に誓い、俺は歩き始めた。
これで第二章終了です。
少なめの第三章で完結する作品です。
今後ともよろしくお願いします。
お読み頂き有難うございました。




