2-14 部屋がオレンジに染まる
夢を見た。
果てしなく続く薄暗い空間に母親が立っている。
手を上げて近寄ろうとすると不意に背を向けて行ってしまう。
慌てて追い掛けるけど差はどんどん大きくなる。
一生懸命足を動かしているのに、同じところで足踏みしている様に、どんどんと母親は遠ざかる。
待ってと叫ぶと、ふと彼女は足を止める。
そして少しだけ振り返り「アナタはアタシとは違ウのだカラ」と機械的な口調で話し、行ってしまう。
何が違うと言うのだ、と思考すると足も止まりいつしか母親は見えなくなる。
気配を感じ振り返ると、男が立っている。薄暗くて顔は見えない。でも俺にはそれが父親だと名乗る人物であると解った。
彼に近付こうとすると、母親と同じ様に背を向けて行ってしまう。追い掛ける。彼は言う。
「ワタシとは違ウのだロウ」
クラスメイトが居る。声を掛ける。彼らも言う。
「オレタチとは違ウくせニ」
俺は何も違わないっ。
叫ぶが辺りには薄闇が広がるのみ。夢の中でも独りなのかと涙が出た。
如月。
名を呼ぶ。
微かに返事が聞こえた気がして、もう一度。
辺りを見回し、駆け出す。姿は見えない。
けれど思わず手を差し伸べる。
その手が力強く握られて、自分の身体がビクンと震えるのを感じた。
目を開ける。天井に向かって突き出した手を、如月が握っていた。
握られた手からゆっくりと視線を移す。心配そうに覗き込む如月の顔がある。
如月が口を開く前に、行かないで、と俺は言った。涙が伝うのが解った。
「ずっと傍に」
解ってるよどこにも行かない、という声が聞こえた。
それを聞いて俺は安心して、静かに目を閉じる。
何が欲しいと訊かれて、喉が渇いたと答えると、暫くして口元にストローが当てられた。
吸い込む力を身体から振り絞ろうとしていたら、頬に彼の手が添えられ、唇に水が注ぎ込まれた。
目を開けて確認しなくても解る、如月の唇を感じ、又涙が出る。
同じ夢を見る。
母親が父親がクラスメイトが、俺の事を「違う」と言う。
そして又俺は如月を呼ぶ。
何度目かのその夢で、やっと如月を見付けた。
彼との間も、走っても走っても広がるばかりだった。
「如月も同じ事を言うの」と泣きながら訊くと、如月は足を止め振り返る。
表情はやはり見えない。そして言った。
俺とお前は同じだ、と。
「きさらぎっ」
身体が震え、急激に覚醒した。
目を開けると天井に向かって差し伸べる自分の手が一番に目に入った。握ってくれる手は、ない。
身を起こすと、驚く程に身体が軽かった。頭を軽く振ってみるけど、痛みもだるさも全くなく、すっきりしている。
どれだけ眠っていたのか解らない。でも一日二日ではないように思えた。
何故だか解らないけど、取り残されたような気配がして、彼の名を呼ぶ。
「如月」
ベッドから立ち上がり、愕然とした。
机、棚、壁のポスター。何も変わってないのに、何という違和感。
「如月」
部屋を横切り小さなキッチンを覗く。玄関を見る。自分の靴が揃えて置いてあるのみ。
バスルームを開ける。トイレも確認する。
嘘だろ、と声が漏れる。
キッチンに向かい冷蔵庫を開けた。食器棚も確認する。
嘘だ、ともう一度呟く。
如月の気配がない。
ただ出掛けているというではなく、彼が居たという事実が全部消されているのだ。箸やコップ、歯ブラシやタオル。
クローゼットを開けると、定位置に置かれていた彼のコートをかける為のハンガーが無くなっている。
「なんで」
クローゼットの戸を背中で押しベッドを振り返る。
そこで目に飛び込んで来た物を見て俺は、彼の存在が夢ではなかったと確信する。
ベッド脇の机に置かれたストローが挿さったコップと、解熱剤の箱。俺が用意したものではない、そして唯一残された、如月の痕跡。
認めたくない事実を突きつけられて、俺は背中をクローゼットに預けたまま、ずるずると座り込んだ。
如月は、行ってしまったんだ。俺を置いて。
夕日が差し込み、部屋がオレンジに染まる。
俺はクローゼットにもたれたまま、その光を浴びる。
目を閉じてもその眩しさは遮れない。
目を開けたら、隠れてたんだと笑いながら如月が現れるかもしれない。
俺は長い時間ぎゅっと目を閉じた後、祈る気持ちでゆっくりと目を開いた。
夕日が沈み、瞳には薄暗くなった部屋が映るだけだった。
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