2-11 想像を絶する美味しさ
驚いて目を開けると、ほんの数センチ先の如月と目が合った。
体中の血液が一気に沸騰した。何を、と口を開いたが声は出なかった。
掴んでいた二の腕を離し、彼の胸に手を当てぐいと腕を伸ばして彼を引き離す。
「やることが。……っ、違うだろうが」
拳を唇に当てて、俺は立ち上がる。
どんな顔をすれば良いのか解らなくて、背を向ける。
顔が火照る。
背後でパサリと音がした。軋む音がして、如月が立ち上がったのが気配で解った。
背後から影に覆われる。振り向けない。
ポンと頭に手が置かれた。そのまま手は額へと滑り力が込められ、俺は一歩後ろによろめいた。背中が彼の胸に当たる。
腕は俺の首へと回され、背後から抱き締められる。俺の頭に如月の頬が当たったのが解った。
「葛藤した上に、強い方の欲求を選んだんだ」
その言葉に胸が締め付けられる様な切なさが過ぎる。
「生きていく為の欲求を、優先すべきだ」
腕が離れ、肩を掴まれて回れ右をさせられる。
見上げると、穏やかな目をしている如月の瞳があった。どちらも同じだ、という呟きが聞こえ、俺は目を閉じる。
自分の気持ちに整理が付かないまま、俺は彼を受け入れる。
首筋に息が掛かり、俺は身体を固くする。
如月は俺の首筋に、一度唇を軽く押し当てた。
痛いんだろうな、と改めて思う。注射針でも痛いのに、太さはそれの比ではないのだ。
でも俺は意外と冷静だった。
如月との急接近に対して心臓が跳ね回っているのは事実。
でも彼に血を吸われる事に対しての恐怖感は微塵も感じられなかった。
さっきみたいに彼の瞳に射られて動けないとか、思考が止まるというのではない。
ただ、彼が俺を求めるのであれば、素直に受け入れよう、と思ったのだ。
皮膚をつねられた様な痛みが首筋に走った。突き刺さる様な痛みを想像していたので、思っていたよりも痛みはマシだったように思う。
心臓の音が耳元で聞こえるような錯覚。血を吸われているのに、彼に抱きすくめられているという現実の方にどきどきしていた。
吸われている間に色んな事を考える。
吸血鬼の牙って、血を出す為だけに尖がっているものなんだなあ、とか。牙に穴が開いていて、ストローの様にチュウチュウと血を吸うわけでないのだ。
傷口から血を飲み、零れそうになると舌でそれを受け止める。
熱い舌が首筋を這う。
いつしか俺は彼の背中に腕を回していた。随分と待たせてしまったとすまなく思いながら、彼に求められる幸せを感じて。
どれくらい経っただろう。ふっと彼の唇が俺の首筋から離れた。
ゆっくり目を開けると、下唇に付いた血を舐めている如月と目が合った。
もう良いの、と自分で発した声がとても遠くから聞こえた。
急激に視界が狭まる。
秋、と呼ぶ如月の声も遥か遠く。
狭まった視界に無数の星が散り、次の瞬間足の力が抜けた。
俺の腰に手を回し咄嗟に支えてくれた如月は、軽々と俺を抱き上げ、ベットに寝かせてくれる。
「何、これ」
揺れる視界を遮る為に両手で顔を覆う。
「貧血、かな」
すまなそうな如月の声。
指の間から覗き見ると、目が合った。
彼は目を泳がせて、その、と言う。
「想像を絶する美味しさだったから」
その言葉に、笑いながら俺が、
「焦らされた分、感動も大きかっただろ」
と言うと、
「飲ませて頂けるとは思ってませんデシタ」
と、如月も笑った。
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