2-9 ただ見つめ返すだけ
赤いとか青いとか。もっと異質なものになるのだろうと思っていた如月の瞳は、色素が薄くなった様な、淡いグレーに変色していた。
そんな瞳をぼんやりと眺める。
顔が近付いて来る。
身体は動かないのに恐怖感はない。まるで首を絞める様に両手で首を掴まれる。
彼は親指で今から吸う場所を確認しているかの様だった。
首筋に彼の指が這う。
如月。
声にはならない。唇が動かない。
笑う事も怒る事も出来ない。感情が湧いて来ない。
ただ如月を見つめ返すだけ。腕も上がらない。
如月が少し口を開ける。凄いな、本当に牙があるんだと考える。
今までどこに隠していたんだろう。これに噛まれたら痛いんだろうかという思考が、頭の片隅で生まれる。
でもそんな些細な事はどうでも良くなって来た。
如月が俺の血を吸う。
それだけの事なんだと。
昼休み明けの授業。満腹な上に、暖かい日差しに包まれ、教師が読む教科書の朗読を聞いていると、ついつい瞳を閉じてしまう。
引きずり込まれる様な眠気。そんな感覚だった。
目の前に居るのは、俺を食料にしようとする吸血鬼。
でも俺は瞳を閉じる。
彼が掴む肩が熱を帯びる。その暖かさに安堵感を覚える。
突然、肩に物凄い衝撃が走り、俺は一気に覚醒した。
授業中うとうとしていたら、頬杖から顔が落ちて首がガクンとした時の様に。
今にも俺の首筋に牙を立てようとしていた如月が、俺を突き放そうとしたらしい。
瞳を走らせると、俺の肩を掴んだまま、荒い息をする如月が目に入る。焦点が微妙に俺の視線からは外れている。
「きさ……」
額に汗が浮かんでいるのが確認出来た。掴まれた肩が痛い。
彼は肩で息をしている。息をする度に身体が揺れ、彼の手からそれが俺の肩へと伝わって来る。
「如月」
彼の腕に手を掛ける。その途端彼の手は俺の肩を離れ、掛けた俺の手を振り払う。
両手で頭を抱え、一歩、二歩と後退する。
呻き声が何度か漏れる。何があったのか解らない。
血を吸って拒絶反応でも起こしたのならともかく、まだ何もしていないのに。
俺が近付こうとすると、彼は数歩遠退く。頭を抱えたまま。
胸が痛む。こんなに苦しんでいるのに、俺にはどうする事も出来ないのか、と思うと何だかとても胸が痛んだ。
「きさらぎっ」
伸ばす手は彼に届かない。俺を見るな。そう聞こえた。
彼は俺に背を向けて、歩き出す。
待ってと呟く声が震えた。
置いて行かれてしまう。焦りが俺の中で突然爆発した。
どうしてその時そう思ったのか、解らない。行かないで、と強く思った。
そして離れていく彼を追いかけようと足を踏み出した時、ふと立ち止まった彼の足が急にガクンと折れた。
膝を着き、そのまま糸が切れた人形の様に、如月は倒れ込んでしまったのだ。
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