2-6 テレビの観過ぎだよ
「八百比丘尼と友達だった」
如月は笑いながら言った。
あ、そ。と俺は言う。
烏帽子被った事もあるし、実は蹴鞠が得意でさ、と彼は楽し気に話す。
「烏帽子なんか被ったら二メートル越して不気味なんじゃないの」
適当に交わしてやろうとする俺に、
「そうそう、鴨居によくぶつかってさ」
手をひらひらさせて苦笑する彼。あの頃は吸血鬼じゃなくて鬼と呼ばれていたな、と頷く。
一体どういう反応を返せば良いのやら。
又明日、と言われたからではない。別にもう一度会いたいと思ったわけでもなかった。
朝登校する時に視線を感じ、振り返ると今度は隠れる事なく如月が居て、ひらひらと手を振っていた。
その時俺は言ってしまったのだ。
「こそこそ見るのはやめて欲しい」
言いたい事があるなら放課後昨日の場所に行くから付いてくるな、と。
如月は素直に頷き、じゃあ放課後と言い残してさっさと背中を向けて去ってしまい、俺の方が取り残された気分になったわけなんだけど。
そして約束したからと放課後我ながら律儀に公園に向かったら、中央のベンチに如月がキッチリ座っていたわけだ。
「大体、吸血鬼って言ったらルーマニアじゃないの」
「トランシルバニア? そんなぁ。俺のどこにそんな血が流れてるように見える?」
人差し指を頬に当てて、ニッと笑顔を作る如月を横目で見て、俺は彼に会ってから数え切れない程に吐いた溜息を、又吐く。
「何でそんなに陽気なんだよ」
「君の隣に居ると嬉しくてつい」
「俺の『匂い』だろ」
「うんっ」
「……」
詳しい説明は受けていない。
彼は「どうだったかな、もう忘れた」と言うのだ。そういう設定を考えてないんだな、と内心思ってしまう。
吸血鬼は長生き、なのだそうな。
長生きというより永遠。自分に寿命があるのかも解らない。
彼は独りで、数日に一回、「喉の渇き」を覚えた時に人の血を吸い、生きているのだと語る。
「で?」
「『で?』?」
「血を吸うのと長生き以外に、何が出来るわけ」
「何って」
「蝙蝠に変身するとか。超音波出して手下の蝙蝠を呼び集めるとか」
素朴な疑問を口にした俺を、情けない表情で如月は見詰め返す。
「友達に狼男とかフランケンシュタインは居ないの?」
「……イマセン」
彼はカクンとわざとらしい程に首を落とした。そして俯いたまま口を開く。
「百八十を越す身長の俺が、体長二十センチの蝙蝠に変身出来ると本当に思う?」
「出来ないの?」
「デキマセン」
なあんだがっかり、と彼が俯いているのを良い事にこっそり舌を出す。
それが見えていたのではないと思うけど、不意に彼は首を落としたままこちらを向いた。
覗き込むような視線が妙に俺を落ち着かなくさせる。
慌てて視線を外し、視線を遮る様に前髪に手をやる俺に、テレビの観過ぎだよ、という声が聞こえる。
如月は生まれた時から吸血鬼だったのかという問いに、元は君と同じだったと言った。
では誰かに吸血鬼にされたのだ。
どういう経過でそういう体質になったのかと訊いたら、忘れた覚えてないを繰り返す。
何年生きてるの、という質問に対しての答えが「烏帽子」と「八百比丘尼」である。
この突拍子もない話が真実かどうかを見極めるのは至極簡単だ。
俺が血をやると言えば良いのだ。
俺の返事に対する彼の反応で、彼の本当の目的は明らかになるだろう。
でも、その一言を言うのが怖いというのが本当のところ。
恥ずかしい話、俺は、この話を半分信じてしまっている。
馬鹿じゃないの、と思う反面、初対面でこんな作り話をする必要性を感じないからだ。
話が本当で、俺が承諾した場合、彼は俺の血を吸うのだ。
未知との遭遇というフレーズが頭を駆け巡り、消えて行く。
献血だ、と思える様な簡単な行為には思えない。
夕焼けを見上げながら俺は立ち上がる。
「帰る」
又明日、と言い掛けて口を噤む。余りにも無防備にその言葉を吐きそうになった自分に驚いた。
これでは懐かれているのではなく、俺の方が如月に懐いているみたいではないか。
「じゃあ」
自分自身に戸惑い、そのまま彼に背を向けた時、あ、待ってという声が追いかけて来た。
数歩歩いたところで足を止めた。一呼吸置いてから、ゆっくりと振り返る。
如月はベンチに座ったまま、身を乗り出して、俺を見詰めていた。
なに、と応える。
「名前、教えて」
如月の微笑みに胸がざわめく。
何だ、これは。
「知らないの?」
俺の問いに如月は頷く。あれだけ付け回していたくせに、名前も知らないなんて。
本当に匂いだけで寄って来たのか、という考えが沸き起こり、俺は軽く首を振る。
彼に背を向ける。
腕を上げ、人差し指を立てて空中に字を書く。
秋一。
簡単な文字だ。解っただろうと思い、そのまま足を踏み出した時、
「あき、はじめ?」
と呟きが聞こえた。
やっぱりただの馬鹿なのかもしれない……
お読み頂き有難うございました。




