2-4 窮鼠猫を噛む
男は、にっと笑った。
そしてベンチをトントンと叩き、隣良かったら、と親し気に言う。
何なんだコイツは、と足の先から頭の天辺までゆっくり見て、真っ直ぐ目を見る。
てへへ、と何故か恥ずかしそうに笑う男。
進行方向からゆっくり向きを変えて、男に向き直る。
そして、ハジメマシテと棒読みで言ってやった。にっこり、なんて出来るはずもない。
苦笑しながら、俺の事変なやつだと思ってるでしょうという男の呟きに、当たり前だろうが、と喉元まで出かかったが、誰が見ても自分より年上なので無言で通す。
「いや、ね。君が余りにも珍しい人だったもんだから」
へつらうような笑みに、冷めた視線を送る。
図書館で会った事があるとはいえ、言葉を交わすのは初めてなのに、親し気なのがどうにも気に食わない気がして。
「だから付け回したと」
ぼそっと呟くと、男はとんでもない! と首を振った。
「付け回すだなんてっ。どういう人なのかな~と、気になって調べようと思っただけじゃないか」
「それを付け回すって言うんじゃないの」
ずばりと言うと、数回口をパクパクさせた後、ガクリと俯いてしまう。
「俺からしたら、男を付け回すアンタの方が珍しいと思うけどね」
隣に座るべきか、このまま去るべきかを考える。
ただ去ったとしても、何故付け回していたかを確認しなくてはどうにもならないし、男がどういう奴なのかを聞かずに放置するのも、後々困るような気がした。このまま見過ごして、明日からも同じ様に視線に付きまとわれるのはごめんだし。
ただ警戒心が収まらないので、座るのは止めておくことにした。
ふっと息を吐く。
「名前は」
俺の声に男はゆっくりと顔を上げる。
「如月」
「きさらぎ? 苗字?」
俺の問いに、男……如月はふわりと微笑んだ。そして、忘れたと答える。
変な奴。
「で? 何で俺が珍しいって?」
腕を組んで彼の目の前に立ちはだかる。
如月は上目遣いに俺を見て、君はマイナスだからと妙な事を言った。
「何それ」
見掛けは普通の大学生って感じなのに、やっぱり変な奴なんだと再認識。
「まさかアンタはプラスだから引き寄せられたとか言わないよね」
実際鏡を見て確認した事はないので解らないけど、自分で思う限りの「白い目」を彼に向ける。
如月は一瞬目を泳がせて、えーっとねと口籠る。
「ハッキリ言えよ」
最早年上である、と思っていた事は記憶の彼方。人を付け回す根暗野郎、と思うと言葉も次第に荒くなる。
「君がさ。その。良い匂いだったから……」
「は?」
如月はその匂いとやらを確認するように、目を細めて鼻をひくひくさせた。
次の瞬間、俺は無意識に如月の頭を、平手で殴っていた。
変態だ、コイツ。
如月は左のこめかみ辺りを擦りながら、何すんのよとオネエ言葉を呟く。
「ば。……っ。バカかアンタ」
何かいっぱい言い返したいけど、言葉が出て来ない。
開いた口が塞がらないとはこの事なのかもしれない。
何なんだ、コイツ。変だよ変だよ、と頭の中でこの場を去るべきだという危険信号がチカチカする。
一歩退がる。
如月が恨めしそうな顔を上げる。
もう一歩退がる。
俺の後退に気付いたのか、彼は表情を引き締め、違うと言う。
「何が違うんだよ」
ジリジリと退がる俺を見て、素早い動きで彼は立ち上がる。
デカイ。
女だったら、多分きゃーとか言って走り去るだろう。残念、そんな高い声は出ない。急過ぎて声自体が出ない。
背を向けてほんの三歩。それだけしか走れなかった。
右腕を捕まれて、引き戻される。
「待った」
「離せ変態」
左手で彼の胸を押して引き離そうとするが、がっちり捕まれて逃げられない。
「頼むから話聞いて」
俺を落ち着かせようと静かな口調で喋った所為か、顔がぐんと近付いた。
影に覆われる。
「わっ解ったから……っ。離せってばっ」
窮鼠猫を噛む。
そんな諺が頭に過ぎったのはほんの一瞬。
次の瞬間、俺は額を押さえ、如月は顎を押さえ、それぞれ無言でしゃがみ込んでいた……




