其の九十五 《幕間》伝説の裏側、或いは神話の始まり その二
2話目。言い忘れてましたが前提としてシオン視点読了済みの想定で書いているので単体だと一部わからない部分があります。
寄り道もしながら、のんびりと太陽の国へ戻ると何やらおかしな事態になっていた。
(なんで大通りが壊滅してる?)
心当たりを探ってみるが……あった。一つ。それも有力なのが。
(いや、流石に彼女も来て早々に事件は起こさないだろ…)
思い返すのは出会いの場。なぜか山を破壊して駆け回っていた姿。僕のことすら無視して破壊活動に勤しんでいた。
「急ぐか…」
━━━━━━━━━━━━━
「久しぶりだね。順調に成長しているようでうれしいよ」
おそらくの原因である少女のもとにやってきた。見れば分かる。随分と強くなったようだ。たった一週間ほどだというのにこれなのだから龍というのは恐ろしい。いや、彼女自身の執念もあるのだろうが。
その後も少し会話をしてみるけれど、なぜだか彼女は僕にひどく敵意を抱いているようだ。僕がしたことと言えば氷山に送った程度なのだが…
いや、その前に一度殺していたか。殺しても死んではいなかったようだが。
思えばこれも恐ろしいところだ。龍といえど死後の蘇生などというものは聞いたことがない。あればあの魔王が当てにしないわけもないだろうな。
だがそれよりも驚いたのは精霊を仲間にしていたことだろう。あの気まぐれな精霊を、信じることすら馬鹿らしい精霊を仲間にし、剰え夫として支配下においているのだから驚きだ。
通常対等な立場になるのはおろか自身の望みを叶えてもらうことすらままならないのだから。
さて、いろいろと驚くことはあるが、いい加減攻撃をやめてもらおうか。当たることはないとは言え威力的に無視できないのが悩ましいところだ。
「そこにいるのはやめたほうがいい」
彼女を離れさせ、本来の目的に戻るとする。いつものように、見栄えのための杖を生み出し、地面を叩くと同時に大通りの損壊を否定する。
即座に通りは過去に戻ったかのように整然とした。
(ふむ。何やら抵抗を感じた。何者だ?)
太陽の国に来たのも久しぶりだ。かつては【正義】の勇者が……そういえばアイツも精霊使いだったか…。であれば、あの精霊が未だに国を守っているのか?
いや、それはないな。アレはアイツが死んだ時共に死ぬことを選んだ。アイツが死んでいなければそんな事許されなかっただろうに…
なんて、そんな事僕に言う資格はないな。それを悲しむこと自体が烏滸がましい。
「はぁ…」
思わずため息をついてしまったが、誰にも見られていないのだからセーフとしよう。もし奴等がいたらそんな姿を見せるなと数時間の指導が始まっていただろうが。
ひとまずそれは置いておくとして、彼女は何処に言ったのだろうか。できれば早くにこの場から逃がしておきたかったのだが…
「はぁ…」
何で僕は神殺しをしなければならないのだろうか。
あの時もそうだった。アイツを殺す必要なんてないはずなのに、何故『終古』は【勇者】を、同陣営であるはずの【正義】を、【魔王】である僕に殺させたのか。
神殺しはそこそこで切り上げるとしよう。僕の死すら予定に入れているかもしれない。……これもきっと、あの勇者が未来を見えるせいなのだろうな。
(異種族の考えをそもそも理解していない、なんてことはないだろうが)
そもそも人ではない『終古』と言えど、これだけ長くを生きれば人の感情というものも知っているはずだろう。当然、ヒトが自身に必ず都合のいいように動くわけではないということも。
「さて、仕事をするとしようか」
考えても分からないことは抜きにして神殺しの算段を立てるとしよう。どうあろうと、世界は必ず僕を見る。僕にとって都合の悪い世界など、考える必要はないのだから。神が力を取り戻したら、その時が決戦の時だ。
━━━━━━━━━━━━━
声が響いた。年老いた男の声だ。なにやら悲願を成し遂げる日が来たらしい。空に浮かぶ姿からは狂気しか感じない。
「ふむ…」
おかしな話だ。なぜ、こんなことになっているのか。僕には一切理解できないのだが…きっとおそらく、まず間違いなくあの龍族の少女が関係していることはわかる。
僕の想定では神の復活は早くとも一年後になる見込みだった。なにせ、神の要する存在力は膨大で、それを確保するにはそこそこの力を持った龍があと十匹は要るはずだった。それにはダンジョン50階層にいる龍を期間を開けて何度も倒さなくてはならない。だからこその一年だ。
だが、どうしてか神は既に復活しようとしている。そしてなぜか、この国は既に滅びようとしている。いや、今、滅んだ。
「全国民へ"拡声"の効果を使った映像を見せることで一斉に"支配"する。そして死を命令することで強制的に生贄とし神の復活を成す。本当に狂っている」
ある意味では畏敬の念すら覚えよう。本音で言えば、先程の時点であの魔術陣は完全に消しておくべきだった。今更消そうとあがいたところで意味はないだろう。神がいる。それだけで世界はその存在を絶対のものとするのだから。
魔術陣に、龍玉、上位精霊の命に、大量の生贄。それら全てを集約して神と縁の深いこの地で、神の依代に注ぎ込む。ずいぶんと無茶を重ねるものだ。こんなもの、どれか一つでも欠けていれば実行は不可能だったろうに。
「僕が魔術陣を消さないことに彼は賭け、そして勝った。素晴らしい執念だよ。全くもって」
だが、彼には悪いがその夢はここで終わりだ。復活直後の神ならば僕にも殺せる。太陽神を信仰するものはもういない。復活の儀式に一切の余剰分がない以上、生まれたての神は、上位種族の長と同程度以下でしかないのだから。
「さぁ、挑むとしよう」
未だ誰も成していない、神殺しに。
そう、思ったのだけれど。
「ハハ、威勢がいいねぇ? 後輩は」
気が変わった。神殺しは二の次だ。
懐で紙切れが暴れる音がする。
あぁ、わかっているよ。神を殺せって言うんだろう?
「あとで幾らでも相手してやるから黙ってみてろ」
その一言で、それはピシャリと止んだ。
あぁ、これがバレたら彼らに怒られてしまうな。王なのだから、王らしくありなさい。我らが王はそうではない。彼らの理想の王を僕に要求する彼らなら、僕の姿も、振る舞いも、言葉遣いも、全て、間違っているというのかもしれない。
「天上天下唯我独尊。他者に期待することも、自身に絶望することもない、完璧にして唯一の存在」
そんな僕を演じるのは、嫌いじゃない。
彼らの理想を僕の理想とするのも、彼らの要求のために何かをするのも、全部嫌いじゃない。
けど、今だけは。
"魔王"でありたい。
だから、
「初めまして、魔王シオン。君を、見極めに来た」
初動は、あの時と同じ。
火で包み、深海を落とし、雷を向ける。
ついこの間は何も出来ずにやられたそれを、彼女は今、不格好ながらも対応してみせた。
それがどれほど僕を高揚させるのか、君はきっと知らないだろうね。
「だけど、まだ、足りない」
君の戦い方はもう何度も見たよ。騎士との戦いも精霊騎士との戦いも、虚勢を張った冒険者との戦いも。最後、ウィスケくんがどうなったのかは見なかったけれど…きっと君は、今のように戦ったんだろうね。
その力。僕は名前も知らない、君だけの特別な力。何処の誰も使っていない、その力。頼りにするのは、当然のことだ。
だけど、それでは僕には通じないんだよ。僕らには。
「それじゃあ話をしよう。あぁ、彼女かい? 別にいいだろう?どうせ君が殺してたんだし」
これで、彼女は終わり。だから、僕は僕の仕事をする。
そんなわけではない。
どうせ彼女は戻って来る。だから僕は僕の仕事をする。遊びの場に仕事は要らない。何も考えず、遊びたい。
だから、君はもう要らない。
「正直、僕は君にあまり興味がない。僕個人としては君が生きていようがどうでもいい。だが、頼まれごととあっては仕方ない。本当は君の復活の阻止をしてくれということだったが、復活した君を殺してもいいだろう?」
だけど、もし君がそれを否定するなら、足搔いてみればいい。
「試練である以上、彼女が死んでしまうのも仕方ないことだ。僕としても、彼女のことは気に入っている。生き残ってくれたらいいのだが。とはいえ、だからといって試練を緩める訳では無いのだがね」
試練を与えよう。絶望的なまでに低い可能性、それを掴み取ったものだけが超えられる試練を。あり得ることのない可能性を残して、
何処までも予想を裏切る結果を期待する。
他人に期待するのを悪だとは思わなくなった。
低い可能性を切り捨てるのを惜しく思った。
強者の都合で理不尽を強いられるのは悲しいことだから。
だから、足掻いてよ。
視界の端で、小さな影をとらえる。
ハハッ。流石だね。素晴らしい。
「よぉ、見極めはもう、終わったか?」
蹴りと蹴りがぶつかり合い相殺される。飛び込んできた小さな少女に心が沸き立つのを感じる。
神の依代もまた、よく耐えた。自身に流れ込むエネルギーの制御で忙しく、未だ感情の整理もついていないだろうに、よく、耐えた。
「・・・そうか。生き延びたか」
「予想外だった? 悪いけど、あんたにやり返すまでは死ねないから」
予想外?来るとは分かっていたさ。ただ、ここまで速いとは思わなかったけれどね?
「認めよう。君は正しく、魔王だ」
「それは光栄だ。ま・お・う・さ・ま?」
「そう。僕は魔王。【幻星】ビューティー・アムル。この世で最も美しい男さ」
手に届かない星を、自分だけに見える『幻の星』を追い求めた者。
あるいは、誰一人捕まえることのできない幻の輝き。
「私はシオン・セレスティン。二つ名はまだ無い」
「ふっ。ならひとまずはこう名乗るといい。【聖魔】シオン・セレスティンと」
精霊に愛され、魔を愛する少女。
その存在はきっと、聖にも、魔にも傾ける。
「・・・お前に従うのは癪だが、いいだろう。今日から私は、【聖魔】だ」
【聖魔】シオン・セレスティン。僕の最も新しい後輩。
「んじゃ、話も済ませたことだし、あとは魔王らしく好きにやろっか?」
「あぁ。もちろんさ。君が望むなら、守り抜いてみせろ」
「当然」
だったら、遠慮は要らないよね?
端から本気で行くよ。出し惜しみは無しだ。
右手に長剣を構える。一切の油断無く、勝利する。
「シオン、今からでも━━」
「ソラ。信じろ」
ハハッ。それでいい。
「━━━シオン、お願いします。私を、救って?」
これは、
「イエス・マム」
君等の試練だ。
瞬間、目の前へ現れる。急静止に戸惑いつつも長剣を振るう。
射出された剣が迫る。
これは精霊がやっていたアレか。だが、目に見えるなら、問題はない。
障壁を張り、一部は後輩にぶつける。
が、透過する。なるほど、自分には当たらないのか。
自身の周囲の空間を拡張、幻覚を見せ生み出した分身と本体を入れ替える。
精霊体となった右手から何かが放たれた、ような気がした。
障壁に反射の特性を付け足し、様子を見る。どうやら例の力を使っているらしい。
反射を繰り返す度に威力を増していく。どうしたものか。分身をさらに生み出し神の少女を襲わせる。
直後、分身が爆発し、肉片が飛び散る。
なるほど、反射の方向を変えたか。
一呼吸置いて、空間に干渉。剣山を生やすも気づかれ相殺される。
だが、それ以外は邪魔できなかったようだ。
いつかに見た魔王のように宙に樹木を生やし、障害物にするとともにその枝で攻撃させる。
気を取られたところで景色に同化させたさらなる分身で攻撃を仕掛けるが瞬時に見破られ肉塊になる。
なるほど、精霊の眼も持っているのか。
天から光線を落とし、同時に生き残りの分身に下から攻撃させる。
しかし光線は後輩の支配下となり槍へと形を変え、分身は消えていく。
だが、問題ない。
もはや分身に意味はない。遠距離で攻撃しようが、周囲に干渉しようが決定打にはなり得ない。ならば、本体である自分自身で殺す。
接近し、剣を振るう。しかし後輩はそれに対処するわけでもなく腕を伸ばし…
「くっ!」
「おや?」
何かを体内に入れられた。違和感を覚えながらも腹を貫き離脱する…!?
とてつもない力で引き抜けない!?
諦めて剣を離して新たに構築しようとするが一歩遅い。
強制的に転移させられた。辺りを確認しようとする間に拘束が緩んだのを確認。剣を引き抜き、嫌な予感がして頭を持ち手で殴る。
これで一度リセット。
そう思った時、鞭のようにしなった精霊の右腕が振るわれた。
懐かしい。
空間を歪ませ、樹木を遮蔽にして逃げ神の少女へと近づく。
が、その腕に切り傷をつけられた。
転瞬、意識が切り替わる。
この場所で。この状況で。その武器で。傷をつけられた。
それがどうしようもなく懐かしくて、
また一段、ギアが上がる。
「ハッ、は」
傷つけたのは、その右腕。
その存在を一時的に消し去り、氷漬ける。
弓矢を構築、矢を放ち、その左腕ごと空間をねじ切る。
既に氷は壊されたが、心臓は貫いた。
次は。
接近。体に触れて強制転移。
まずは剣で四肢を切り捨て、首を刎ねる。
まだ、死なないよね?
さらに細かく切り分けようとして、刎ねた首から体から全身が再生するのを見る。
「っ!?」
まさか、とみれば、残りの肉塊が爆発した。
爆発を無傷で切り抜け目が合った。
その眼は何処までも反抗的だった。
龍、故に心臓がなくとも死ぬことはなく。
精霊、故に死の概念がない。
だからこそ為せる業。
君は、死すら乗り越えるのだね。
「死ね」
あぁ、感情が高ぶる。これが、闘争心。
とある勇者が言っていた。
『苦しくて苦しくて、どうやったって勝てる気がしない。なのにどうしてだろうな。負ける気なんて、1ミリもしねぇ』
かつては、わからなかった。
それほどまでに自分を信じれなかったから。
だけど、今はわかる。
全力で逃げる後輩の姿。
その姿を見ると、もっと、もっとと、この先を求めてしまう。
その渇望が、貪欲さが、僕の限界を引き上げる。
「消えろ」
ただ、動きを止める。そうすれば、空間の消滅に巻き込まれて消える。
「にしたって、これはキツイ!?」
それでも、彼女はまだ逃げる。耐えてくれる。
「形態変化霊龍人 職業 聖騎士」
それどころか、その先を見せてくれる。
全身鎧を纏った騎士の装い。ところどころに緑の装飾がある。手に持つのは長槍。
ああ、君は今日だけでどれほど強くなったのだろう。
そんな事を、神の少女と戦いながら思い馳せる。
飛んできた槍を躱し、連続突きを防ぎ、剣を振るう。
「あと、三秒!」
なんのカウントだ?
普段の比にならない速度で思考が加速する。止まった世界で、神の少女の姿をみて気づいた。明らかに、様子がおかしい。もう、限界か。
神の少女が強制的に復活する。そうなれば、僕と言えども無傷ではいられず、あるいは二人して逃げることができるかもしれない。だから彼女らは抵抗している。
だが、その場合。後輩は、シオンは死ぬだろう。万全ならばともかく、既に消耗しすぎている。
それをわかって、神の少女は必死に堪えている。自身に注がれる莫大なエネルギー、その全てを制御して取り込むために。低すぎる可能性に挑んでいる。
だが、もう無理だ。時が来れば否応なく神の復活は遂げられる。それまでに制御し切ることは、不可能。
そもそもの話、いくら神の依代と言えど人の身で受け止めきれるものでもないのだから。
だから、本来僕がいますべきことは、大人しく神を復活させてシオンを殺させ、一対一で確実に仕留めること。
だけど、
「〈咆哮〉」
彼女はまだ、本気で生きてる。
なら、最期まで相手しよう。
そう思って…
「こんなも、の…?」
オカシイ。
連続で放たれる咆哮。それを耐えながら、体内を精査する。
「な、に?」
思わず声を漏らしてしまった。何せ、なぜか体内から下剤が確認されたから。
少し考えて、思い出した。さっき剣を気合で体内に固定された時、僕は触れられて違和感を覚えていた。おそらくは、それだろう。
殺意が湧いた。
いくら後輩と言えども許せることと許せないことはある。コイツはそのラインを越えた。
「〈墜ちろ!〉」
時として、怒りは己の限界を超える力となる。
空から降る幾千の星。 夜を、墜とす。
「ばっ!?」
「万死!」
自分も巻き込まれる? どうでもいい。どうとでもしてやる。
瞬時に迫り、剣をを振るい、蹴りを出す。しかしそれぞれ防がれる。
「下痢は嫌かぁ?!」
「殺す」
ここまで殺意が湧いたのはいつ以来だろうか。今すぐにでも殺したいところだが、切り刻んだところで意味はない。再生できないよう、肉塊として圧縮しなければ。
空間に干渉して圧力をかける。今までの比ではない出力だ。
向こうは空を支えるために力を使っている。遠く、未だ無事な王都の神殿から光の柱が立ち上がる。なるほど、太陽神の神殿というのは夜を跳ね返すという妖術を補強するのにいい要素だろう。
だが、そんなことをしていれば本体が危ういぞ?
圧力を増やし、ついに鎧が軋みだす。が、そこからが進まない。なのでインファイトを仕掛け、身に見えないほどの細さの糸を神に向ける。
全ては妖力を使い切らせ、確実に殺すため。
残念だけど、僕にはコレを後輩のイタズラとしては見れないよ。
一合い撃ち合うごとに彼女に傷をつける。斬りつけ、燃やし、ねじり、絡める。
その最中でも同時に神の少女にも攻撃する。だが、そのすべてに彼女は対処してみせた。
頭を飛ばされながら、残った体を動かして僕を殴る。
ダメージはなし。しかし、弾けはした。
「私の勝ち」
神が、復活する。この体制、この距離で、今の僕にできることは…
もう、間に合わない。
「まだだ」
月の光、それ自体を武器として。
「うぐっ!」
悪いけど、僕も諦めは悪いんだ。
時が来ても、復活はなされない。
「光、速」
察しのいい後輩は気づいたらしい。再生した体で神の少女を抱えてこちらを睨む。 まだ、彼女は生きている。だが。
「器に穴があいたなら、中身は溢れ出る。そいつに本体を降臨させるだけのエネルギーはもう無い」
そういう意味では、運が良い。この状況。神の少女は死ぬこと無く、後輩もまた神の復活に巻き込まれて死ぬことはなくなった。
これで戦いが終われば、それはまさに大団円。
「次は、お前の番だ」
だが、下剤の恨みはまだ消えない。




