其の九 第二の分岐
自分が死んでいく。夢への憧憬を原動力とし、好き勝手生きる私が。相手の都合を考えず、ただ私のために生きる私が。やられた借りを必ず返す私が。
───私が死んでいく。
無気力に。どこまでも深く、落ちていく。思考が負に傾き、ループする。
(どうせ私じゃ勝てない。もう、どうしようもない)
そんな事を、考えている。
「ふん、もう、終わりにするか」
声が聞こえた。ひどく退屈そうで、何の感情もこもっていない声が。
「さようなら」
そして、私は殺されようとして。
「おや?」
獣のように、四足で跳ねるように離れる。
心は言う。諦めろと。
頭は告げる。もう無理だと。
直していない細かな傷が痛む。だが、よく考えれば、致命傷はない。それはアイツがそう加減しているからで、私が治しているからだ。
「身体はある」
足はついている。腕だって壊れていない。なら、まだ動ける。
頭が痛い。苦しい。吐き気がする。ぐるぐると意味のない思考が回って邪魔をする。あぁ、紛れもない魔力枯渇だ。私の中の弱い心が邪魔をする。
ところで。なぁ、私よ。
(お前は何のために戦った?)
それは私が魔王になるためで。私が私を信じるためで。私が強いと、魔王を目指す力があると己に納得させるためだ。
だったら、戦え。たとえ勝ち目がなくとも、今ここで。私にできる限りの戦いを。少しでも、抗ってみせろ。
(弱い自分を殺すために)
あぁ、そうだ。そうだとも。これはあの時と同じだ。
(アイツを殺せ)
亡霊のように。アイツを殺して、私の強さを証明しろ。私が私を信じるために。私が、もう二度と迷わなくていいように。
「あ〜ぁぁぁあああああ!!!!」
叫べ。己の弱さに打ち克つために。この強大な敵に、死に抗うために。
「ほう?」
突貫。私にできることをできる限りの力で。
「死ぬよ?」
「死ね」
ゾッとするほどの声を発し、足に力を込める。魔力を何処までも、込める。残る僅かな魔力をかき集め、込める。今、この瞬間に走れるならば足など壊せばいい。あとで、時間をかけて再生してやる。
ナイフが飛ぶ。頭に迫る。この軌道、眼に刺さる。
(関係ない、貫け)
避けたら、速度が落ちる。そしたら、威力が落ちる。だから、避けない。
左眼にナイフが突き刺さる。だが、進む。止まることなく、突き進む。
(進め。この拳を、届かせろ)
それ以外に、私はこの壁を打ち破る術を知らないから。
拳を構える。しかし奴は動かない。
(やはり、奴は慢心している)
大方、この程度の奴の攻撃など避けるまでもない。そう思っているのだろう。ムカつく。ムカつくが、だからこそ可能性がある。
(進め!)
連続して刀剣が投げられる。大量の刀剣が形作られ、全てが大して狙いも付けられずに迫る。
(楽、しやがって!)
私は攻撃を当てるためにこんなに頑張らなきゃいけないというのに、と少しの嫉妬を覚えるが、諦めて斬りつけられ、刺されながら突き進む。
(イケる!)
あと数メートル。あと一歩、あと一歩で、殴れる。
眼前に剣山が発生した。この距離、この速度。この物量。避ける気もないが、避けられないか。
(なら、突き破れ!)
左腕を引き絞る。生命力を引き出してでも魔力を拳にまとわせる。
吐き気も、感覚のズレも、全部、今更だ。
剣山にぶつかる瞬間、左腕を放つ。拳から腕にかけてが剣に貫かれズタズタになり、反動で威力が落ちるが、それでも。
「こん、にちわ!」
風穴は空いた。だからそこを突き抜け、残された右腕を引き絞る。着地と同時に踏み込み加速し、その顔面に!
「───なっ、あ?」
足が動かない。地面から生える剣に固定されている。新たな剣山が生まれ、道を閉ざす。
「さようなら」
二つの剣山が閉じられる。間にいる私の身体が挟まれて、貫かれて…頭を、首を、心臓を、あらゆる急所を貫いて。
致命傷すら生温い攻撃を受けて、私は死んだ。
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男、ビューティー・アムルが全損を貫かれ、穴だらけになったシオンに近寄る。それに合わせて剣山は消えていき、ボトリと、彼女は地面に倒れ伏した。
「あぁ、名も知らぬ少女よ、どうして死んだのか。僕の美しさを理解できなかったばかりに。あぁ、僕の美しさはなんと罪深いのだろう」
かろうじて人だったことがわかる肉塊となったシオンへの懺悔を終え、アムルは背を向ける。
「僕には届かなくとも、彼女もそこそこ美しかったというのに…もったいないものだ。こんなになってしまえばゴミでしかないのだから」
そう呟くと、彼はもう興味を失ったように立ち去っていく。それが彼の日常であると感じさせるかのように。
ゆっくりと、彼は歩き去る。
──その後ろで。
肉塊が蠢いているとも知らずに。
穴だらけになったシオンの身体が再生する。
それが人型を取り戻すと同時、跳ねるように起き上がり、走り出した。
再生したばかりの足を即座にボロボロに血を噴き出させながらアムルに迫る。自分へのダメージの一切を気にせず、ただ、殴るためだけに走る。
反動を気にせず、あらん限りの力が込められた右拳が、振り返ったアムルの顔面へと突き刺さる。
「ただ、いまぁ!」
自身の全力をもって、まだ終わらぬと、まだやれると、その生を、覚悟を押しつけた。
───だが、しかし。
「なんだ、まだ生きていたのか」
バケモノが。そう言うアムルだが、その表情に陰りは見られない。驚きこそすれど、怒りも、苦悶も、一切ない。どころか。
「はっあ?」
思わずといった様子で、シオンから間抜けた声が漏れる。
「困惑しているのかい?僕が無傷なことに」
そう告げるアムルの顔には一切の傷がなく、特に堪えている様子はない。
「簡単なことさ。君の全力は僕には届かなかった。ただそれだけのことさ」
笑顔すら浮かべて、彼はそう嘯いた。
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(効かなかった)
私の渾身の一撃が。岩を砕き、山さえ壊す一撃が。
「そう悲観することもない。君は弱くない。ただ僕が強すぎただけのことさ」
あぁそうか。そうだったか。
(なら、いいか)
とはならない。なるわけがない。何が弱くないだ。ふざけやがって。私は魔王にならなくちゃいけないんだぞ?弱くないじゃまるで足りない。強くなきゃ、意味がない。
「どうしたんだい?」
弱気は捨てろ。弱い自分は死んだだろ。なぜだか知らないけど、今の私は調子がいい。全能感とまでは行かないが、身体に不調は見られない。
だから、切り替えろ。
攻撃が通らなかったからなんだ。なら、通るまで試してみろ。他の攻撃手段を探せ。もしかしたら、ただ無傷を演じているだけかもしれないのだ。
機を窺え、千載一遇のチャンスを、奴が油断する、その時を。
(私はまだ、終われない!)
覚悟を決めて、アムルを見る。僅かなチャンスを、逃さないために。
ふっと、空気が和らいだ気がした。即座に動こうとして止まる。
「自己紹介をしよう。僕の名前はビューティー・アムル。君は?」
全くの予想外の問答に思考が止まった。
「どういうつもりだ」
理解ができない。罠か?一体なぜ?コイツならそんな策を弄さなくともいつでも私を殺せるし、どうとでもできる。
「君は疑り深いねぇ?もっと気楽にしてくれよ。僕は君に興味を持った。だから、話をしよう。君が襲わないなら、僕は君を襲わない」
だからまずは君の名前を聞きたいんだ。そう言ってくるアイツに害意は感じない。どうしても胡散臭さは除けないけど…いや、もういいか。コレがその気なら私はどうあっても死ぬ。そもそも私が対話を拒否したことで始まった殺し合いだ。気が変わらないうちに対話すべきだろう。
「私は…私の名前は、シオン・セレスティン。この世界で魔王になる者だ」
その瞬間、時が止まった。止まったかのように静寂に包まれた。
「おい?」
「いや、そうか。君は魔王になりたいのか」
「あぁ」
なりたい。なるために、今ここにいる。けど、コイツと戦って、殺されて。まだまだそこは遠いのだと知った。
(悔しいなぁ)
少しは強くなったつもりだった。このまま行けばきっとそう遠くないうちに魔王になれる。そう思っていた。けど、また打ちのめされた。魔王になりたい私は、たまたま出会っただけの男に殺されるような弱者だった。
そんな私がこの言葉を口にしていいのか、少し悩んだけれど、それでもこの気持ちに嘘はつけない。誰が何と言おうと、私だけは、私を信じるから。
「本当は、少し話をして別れるつもりだったんだけどね。気が変わったよ」
「──?」
「魔王という肩書は、そんなに安いもんじゃない」
瞬間、全身が泡立つほどの圧が放たれた。思わず、残り少ない魔力を喚起してしまったほどに。
だけど、それはもう知っている。
「魔王という存在が遥か彼方だというのは知っている。でも、それでも。私はそれを目指すよ」
だって、それが私の夢で、私の人生だから。
「たとえ死んでも、魔王になる」
そう、今ここに誓う。
「そうかい。なら、まぁ…いいだろう。その覚悟に免じて、今回は許そう」
少しの優しさと、それ以上の圧でもってアムルはそう告げた。
「ありがと…ございます」
「素直だね?」
言いたくはなかったが…まぁ、仕方ない。今回だけだ。今回は負けを認める。だけど。
「次会う時は、あんた程度に負けないよう強くなっておく」
次は勝つ。絶対だ。
「そうかい。でも…僕程度…ね」
私が目指すのは魔王。であるなら、こんな奴に勝てなくちゃ話にならない。だからこれは生意気な発言ではあるけど、間違ってはいないはず。
「まぁ、いいだろう。せっかくだ。君の行きたい場所に送ってあげるよ。何処か希望はあるかい?」
「人がいるところで!あっ…でも服ないからダメか…」
「ふっ。その程度なら構わないさ。服くらいはつけておこう。そうだね、近くに僕の拠点があるからそこで探すといい」
「ありがとうございます!」
思わず土下座でもするのかという勢いで頭を下げてしまったけど、仕方あるまい!久方ぶりの文明だ!久方ぶりの人間らしい生活を送れるかもしれないのだ!
命を見逃され、人里まで送られ、服まで付けてくれる。
(はっ!もしかしてコイツっていいやつなんじゃ!?)
そう思った瞬間さっき殺された時のことを思い出した。
(いや、これただのDV彼氏じゃん。うわ、危な!)
危うく罠にかかるところだった。
「君、なんかひどいこと考えてない?」
「イエ!ソンナコトハアリマセン!」
危ない危ない。気が変わられるところだった。
「ま、いいけど。美しい僕は心も広いからね。それじゃ、死なないでね?」
「えっ?」
今、なんて?
「それじゃ、また会おう」
「ちょっ!待っ─!?」
後にはこの荒野には似つかわしくない美しい男が一人。
「ハハッ、僕としたことが手元が少し狂ってしまったようだ。だがまぁ…頑張ってくれよ?」
「──シオン・セレスティン」
彼はそう、期待を感じさせる言葉を残すのだった。




