其の九十三 別れと、旅立ち
目が覚めると身動きが取れなくなっていた。
「シオン…ちゃ…ん」
目線だけを隣に向ければ、そこにいたのはドーラ。私を抱き抱えて眠っているようだ。
仕方ないので待つこと五分、十分が経過した。
「暇だ」
既に部屋の窓からは光が差し込み何処からか炊事しているような匂いがする。
「いつまで待てばいいんだ…?」
わからない。
逃げ出したい。
逃げられない。
「詰んだ」
昨日は私が旅に出るって言ったせいでドーラがめちゃくちゃになったからな。今日くらい、今くらいは許してあげるか。
どうせ旅に出たら数年は会わないし。なんなら今後もう一度出会わない可能性もある。
「もっかい寝るか」
寝る子は育つというし、この体も早く成長しないかな。あと早いとこ魔力器官が治ってほしい。
「シオンちゃん…」
どんな夢見てるのかな?
「これでずっと一緒…」
「逃げようかな」
締め付けが強くなってしまった…
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横で身じろぎされるのを感じて眼を覚ます。
「ふわぁ…」
片手に私を抱き、もう片手で体を伸ばすドーラ。そしていざ立ち上がろうとして、違和感に気づいたようで。
「んぅ? シオンちゃんだぁ…シオンちゃんだぁ!?」
「おはよう。よく寝てたね?」
「えっ、へっ!?なんで!?シオンちゃん!?なんでお持ち帰りしてるの私!?」
うわぁ。てんぱってるぅ。けどそれ私ごと腕振り回してるからね。もうちょっと気を付けてください。
「酔う」
「あ、ごめんね」
急にシュンとした。だけど慣性打ち消されると余計こう、くるよね?
「うっぐ」
「ご、ごめんね?今治すから!」
「ありがと」
ふぅ。落ち着いた。やっぱり妖術って便利だね。
「それじゃ、行こっか?」
「へ、何処に?」
「何処って、朝食だよ?」
といっても、今はもう昼近くではあるんだけどね。
「あ、うん…! じゃあ、いこっか!」
「ん」
そうやって、ドーラに抱えられながら町をめぐり、たべ歩き、遊びまわった。途中、これじゃまるでデートの様だとも思ったけど、まあいいか。前回のあれはデートと言うには何ともなものだったし。今回はそこそこ楽しめたからね。
とはいえ、楽しい時間というものはそう長くは続くものではなくて。当然のように終わりはある。
「ようやく来たか。遅かったな」
「うわぁ、一番最初にそれ言う?だからモテないんじゃないの?」
「そうだそうだぁ!最後くらいなんかいい感じに気の利いた一言でも言えばいいのに。お前にできるかはともかく!」
「あんたもこないだは酒しか飲んでなかったんだから同類よ!」
夕暮れ、王都を代表する巨大サンゴの冠に、三つの人影。聞こえる声は、相も変わらずといったところかな。
「さてさて、私の旅立ちに集まったのはこれっぽっち?」
「はっ、そりゃそうだろ。大概の奴らは昨日の宴で酔いつぶれて記憶跳んでるし、そもそもお前大して関わりなかったろ」
「ははは、なわけ。銀級とかとは割かし絡んだろ」
ああ、そいつらが飲みすぎてんのか。じゃ、こうなるか。
「ま、王女サマたちは無理やりにでも来るっつってたから来るんじゃね?」
「そうね。あの時のヴィクトリアちゃんは怖かったわよ。書類の束相手に殺気漏らしてたもの」
こっわ。けど容易に想像できるな、それ。
「じゃあヴィクトリア用の差し入れでも持ってくるべきだったかな?」
「いやぁ?どっちかっていうともらう側でしょ、シオンちゃんは」
「ま~確かに。でもその割に君らなんも持ってないけど?」
「え~?こうして顔出してることが一番のお土産じゃない?」
「そういうのはもう少し大人な相手にやろうか。子供は現金なんだよ?」
大人は別れの場に顔出してくれることのありがたさを知ってるけど、子供はそんなの知らないからね。
「あはは!たしかに!でもそうなると困るなぁ。今回ばかりはな~んも持ってないし!」
「じゃあ仕方ないか」
「だね!」
ふふっ。相変わらずのお気楽人生だなぁ、シュリヴァンは。結婚してちょっと変わったようにも思えるけど、本質は変わってないかな?
「と、おやおや?」
「意外なのが来たな」
海中を並んで泳いできたのは二つの影。何かをもっているようだ。
「うっせぇ!この爺に見つかったんだよ」
「ま、そういうことにしといてやってくれ」
「へぇ?」
なんだいもぉ。結構いいとこあるじゃん。ただの力も持ったガキじゃなかったのか。いや、ガキだからこそ、か?
「ところで名前なんだっけ?」
「はぁ!?」
「だってほとんどあってないじゃん。攻略作戦も結局一緒に戦わなかったし」
「うぐっ!そ、れ、は…悪かった」
「おや?」
「あの会議じゃ悪かった。バカだった、っつうか…ガキだった」
ふむ。
「人は見かけによらねぇのは分かってた。そこの馬鹿が金級だしな」
「まあ確かに。どうみてもジラルドはそこそこ強い古参の親父だもんね」
「ああ」
よくわかる。いまでもこいつに強者としての格というか、圧がなさすぎると思うもん。
「なんで俺がけなされてんだよ…!」
「アハハハハッ──!」
「我慢しなさい。そしてあんたは笑うな」
うん。やっぱりあいつら全員がそうかもしれない。
「だけどよ。今回の件でよくわかった。金級は誇るモンじゃないっつーの。俺が立ってたとこは所詮弱者の頂点で、あんたらにとっちゃスタートラインでしかないんだって」
ああ。よくわかるよ。その気持ち。私も最近ずっと痛感してる。
「だから。悪かった。いまならわかる。あんときの俺は自分の立ち位置に気付けてなくて、クソダサかった。だから、詫びになるかは分かんねぇけど、やる」
「・・・ふっ。もちろんもらう、貰うよ。ちなみに、誰かにアドバイスもらった?」
自分の弱さに気づいて改める。それは何となく予想つくんだけど…これは流石に意外すぎる。
「・・・あぁ。ローレンス、騎士団長のやつに」
「へぇ?どういうつながり?」
騎士団長っていうと、私が最後ダンジョンで倒れたところを運び出した人だよね。餓者髑髏相手に随分と戦えてた人。
「・・・助けられたんだよ。あのクソデケェアンデットが現れやがった時に」
「あー、なるほど。あいつやっぱり突然現れたんだ?」
「あぁ、最初は魔物共の相手だけしてたんだが、しばらくしてアンデット共がワラワラと妙な動きをし始めやがった」
「ん?」
なんか、引っかかる。
「あぁ、嬢ちゃんは知らないのか」
「なにを?」
「嬢ちゃんがいなかったあの一ヶ月の間、王女様が周りの国に協力要請してな。『喜悦』の国からアンデットを戦力として譲り受けたんだ」
「へ?」
ヴィクトリアが周辺国に協力要請?
その割に他国の軍も何も見なかったけど?
「猶予期間もほぼねぇし、そもそも遠い。てか、太陽の国が滅んでそれどころじゃねぇ。ほとんど協力者が来なかったのはそんなとこだろ」
なるほどなぁ。太陽の国の件…つまりソラのことを警戒してみんな守りに入ってるわけだ。妥当ではあるな。
まぁそれに意味があるかはわからないけど。勇者も魔王も、個人じゃ神には勝てないだろうし。
「逆に『喜悦』はなんで…って喜悦だからか」
あそこの魔王が興味あるのって死者の蘇生だし、戦力的には自分がいればいいとかそういうことか?
とか考えてみたけど結局あそこは喜悦だからで終わりなんだよね。面白そうだから、それだけで全てが認められる国だもの。
「ま、最後に裏切られたがな」
「まじであの骸骨許さねぇ。あとちょっとで勝てるとこだったのによぉ!」
「勝てるって何に?」
「そこのバカタンクだ!」
バカタンク…ジラルド…なるほど。理解。
「つまり…タンクのくせに周りの被害をゼロにできないジラルドにタンクとして勝てそうだったって話?」
「そうだ!……なんでわかった?」
魔王なので。あと思考が単純。
「アイツさえいなけりゃ、死者ゼロで俺の勝ちだったのによぉ。あのクソアンデッドの呪で弱ぇ奴らが死んでった。巫山戯やがって…!」
「え、逆にそれまで護りきれたの?」
「あぁ、殺される前に殺した。途中からは意識半分飛んでたが…魔堕ちはしなかったから助かったが」
あぁ、確かに。大量に魔物殺すと魔力が溜まるのか何なのかで魔堕ちするからなぁ。私も経験ある。たぶんあれも過剰魔力に精神が耐えきれなくなってんだろうね。
「でも意外、そんな強かったんだ」
あの感じの世間一般の強者って噛ませ犬にしかならないと思ってた。だからてっきり死んでるだろうなとか思ってたもん。
「・・・アンタからすりゃ弱ぇかもしれねぇが、俺も金級の端くれだ」
「あぁ、ごめんね。悪気はなかった。ただちょっと心の声が漏れただけで」
ホントだよ?むしろよく頑張ったと言いたい。言わないけど。
「ま、ガルダンは気概だけはあるからな。コイツはなんやかんやでいつかジラルドも超えるだろ」
「爺さん…?」
「レオン爺がそんな言うんだ?」
あの時一番強く言ってたの爺さんなのに。
「コイツ反骨精神がバカ高いからな、ああ言っときゃ勝手に成長すると思ったんだよ」
「あー、確かに」
負けず嫌いが凄そうだよね。あと意外と心が強い。自分が負けてる時に相手を貶すんじゃなくて自分を上げようとできる奴だ。
だからこそ、あの言葉をそのまま捉えて終わらず考えて先に進んでくると思ったってわけね。
「でも結構期待してるね?」
「そりゃそうだろ。コイツはバカだが何処までもバカだ。自分の限界なんて知ろうともしねぇでいつの間にかぶっ壊すような、な」
なるほどね。いいじゃん。限界を感じて勝手に自分の成長に蓋するやつよりよっぽどいい。
「今回の件で自分の立ち位置を知ったわけだが…止まる気はねぇんだろ?」
「当たり前だ。まだ爺にも飲んだくれどもにも勝ってねぇ」
「そうかよ。ならまぁ問題ねぇだろ。今まで通り、好きに追いかけてこい」
「当然だ」
「ふふっ」
イイねぇ。青春だねぇ。若いねぇ!
というか!
好きに追いかけて来い、とかカッコよくない?
私も言ってみたいんだけど!
「ん、んぅ! さて!良い師弟ができたところで、皆さん。何か反応はありますか?」
主に髪に関して。
「おう、似合ってんな?」
「おー!いいじゃん!」
「アルノルトかよ…」
「良いわね。けどそんなの売ってたかしら?」
「シオンちゃん…お揃いにしなきゃ」
と、いったところで。
「で、プレゼントした張本人はどうですか?」
「・・・いいんじゃねぇの」
「それは良かった。あとで登録しとこ」
宝石への衣装登録のやり方知らないけど。何とかなるでしょきっと。
「にしても、騎士団長もよく思いついたよね。クラゲの髪飾りなんてさ」
「確かに!アルノルトなんて下層勢しか見ないしね!しかもそこら辺のはみんな嫌ってるし」
「そういやそうだな。騎士団長なんてダンジョン行かねぇし知らなそうなもんだけどな?」
「つうか店売りしてんのだって初めて知ったぞ」
「私も。何処で買ってきたのよ?」
「・・・あのクソ光源も地上に大量に出てきたんだよ。だからいろんな奴が見た。それで割と人気になったらしい」
あ〜、なるほど?
「確かに見た目は悪くない…か?」
虹に光るし、ふわふわポヨポヨだし。戦うと毒降らせてくるけど。
「そんで、興味持った街の奴らがモンスターの飾りを作り始めたんだとよ」
「へぇ〜、でも結局なんでそんなの知ってたんだろ?」
ココのとこ仕事ありまくりだった気がするけど。
「嫁さんに聞いたらしい」
「「「なるほど」」」
すごい納得。
「あれ、そしたらそこ二人は何で知らなかったの?」
「まぁ冒険者の女なんてそんなもんだろ?」
「あ、レオン爺さんそれまずいよ。そういうの最近厳しいから」
「げ、そうなのかよ」
「うん」
この世界でもそうかはしらないけどね。
というか、実際の理由はまぁ。ね?
「愛に脳を焼かれてたってこ──!?」
「邪魔よドーラ!離しなさい!あれは存在しちゃいけないの!」
「ダメです。シオンちゃんを傷つけるなら私が代わりにやります」
「「え?」」
え、今なんて?
「体を縛るより、精神を縛り付けたほうが良いんですよ・・・?」
あ、ふ〜ん。
「悪い!もう解散で!」
三十六計逃げるにしかず!こんなとこで死んでたまるかぁ!
「あ、待って!?ジラルド!?邪魔しないで!?」
「馬鹿が!今離したらどうせ後でアイツに殺されんだよ!大人しくしとけ!」
駆け出し、中を逃げ泳ぎながら笑う。
「ハハハ。相変わらず締まらない終わり方!」
まだヴィクトリアにも会ってないし、別れの言葉もちゃんと言ってないわけだけど。
それでも、戻る必要はない、そう思う。
『じゃあなお前たち!なかなか楽しい日々だった!またどっかで会おう!』
もう、声も届かない距離。念話を飛ばして海を出る。
すっかり暗くなり、星が輝き月が空を照らす。色は通常。何の変哲もない黄色の月だ。
「あーあ、結局眷属にできなかったなぁ!魔力もまたしばらくは使えないし!腕も治らず!変化なし!」
空を飛びながら叫ぶ。構いやしないだろう。どうせ誰もいないし。
「こんだけ時間かけて苦労して、それで得た報酬が髪飾り一つだけ!何ともまぁ厳しい世界だろうか!」
最終目標は魔王として君臨すること。だというのに、大国を一つ二つと回って得たものはほとんどなし!
精霊を手にし、失い、同化して。
魔力を失い、右手を失い。
とんでもない苦労の果てに制限付きで魔力を再度手にした。
「ダンジョン攻略したし髪飾りも手に入れて、なかなか楽しめはしたけれど…!」
そろそろお手軽強化イベント欲しいよなぁ!
「ハハハ。行くかぁ!龍の住む国!私の起源!」
場所はわからん!けどきっとなんとかなる!
「まずはどっか国見つけて場所確認!陸地探すか!」
さぁて、次の旅はどうなるかな?
今はまだわからないけれど、一つ想像がつくとしたら。
「きっとまた死にかけるんだろうなぁ?」
遅くなったけど!2章完結!




