其の八十九 黄金は輝きを取り戻す
シオンが地上に戻るよりも前。決戦部隊を送り出して以降の王都では。
「なんだよ、あれ…」
「意味、わかんねぇ」
「「・・・・・」」
シオンがしでかした惨状を前に、多くの者が戸惑い、立ち往生していた。
「なんで『衛兵』が、龍王の眷属が出張ってきてんだよ」
ぽつりと、王都に残った唯一の金級パーティー、そのリーダーであるガルダンはつぶやいた。
「わかんねぇ、わかんねぇよ」
「なぁ、あれ、襲ってこねぇよな?」
「し、知らないわよ!?実際に見たのなんて今日が初めてなんだから!」
「そ、そうだよな」
そうやって、彼のパーティメンバーは皆怯えた。しかし周りを見渡せばそれは皆同様で。現状表面上落ち着いて見えるのは王様と、それに付き従う近衛兵のみであった。
「海竜アトラシア様。どうか、御力をお貸しください。我らの悲願。彼の【怠惰】のダンジョン、その攻略の道をどうか、お照らし下さい」
古来より、龍とは偉大なものであった。最も古くよりあり、神の代弁者よりも早く生きることを許されたもの。そして、その中でも、【龍王】の権威は絶対であり、海の国はかつてその住みかとして選ばれて以来、何一つ不敬の無いように暮らしてきた。
なぜ、かの【龍王】が、龍の住処たる『天空の国』ではなく『海の国』にいるのか、その当然の疑問から目を背けて。
そしてそれは今も変わらない。王は一人、【龍王】の眷属が一つ、『衛兵』に跪く。粗相のないように、不敬を買わないように、されど、その願いを聴いていただくために。
「な、なぁ、俺らも跪くか?」
「ぁ、そ、そうだな、そうするか」
小声で意見を交わし合い、彼らは『衛兵』に跪く。それを見て、だんだんと皆が跪き、最後に残ったのは近衛騎士が二人。彼らだけは一切跪くことなく、待機する。まるでそれが当然かのように。
「ッッッッッ!!!!??」
『衛兵』が僅かに身じろぎする。しかしその巨体に反して海は穏やかで、一切の揺らぎはなかった。
「『衛兵』様、ご協力感謝致します」
王がそう告げ、立ち上がる。民に顔を向け、曇りのない眼で告げる。
「皆の者。改めて、今日この場にいてくれること感謝する」
そういって、王は頭を下げた。
それを感じとった者たちは体をそのままに、その言葉に深く意識を傾ける。
「今日、この場所は戦地となる。かつての大災害と同等か、それ以上の災害がやってくるだろう。そして、それを前に多くの者が死ぬだろう」
そこかしこで息をのむ音が聞こえる。分かっていた。覚悟もしている。だがしかし、死を前にすれば否応なく体が震えるのだ。
「私は君たちに死ねと命じなくてはならない。故に、ここに集ったすべての者に感謝と、心からの尊敬を抱く。とは言いながらも、その程度で君たちに許されようとは思わない」
王の冷たい言葉が身に沁みる。混乱と戸惑いの中にあった思考がはっきりと冷めていく。
「きっと、彼等は帰ってくるだろう。世界初の偉業を成し遂げて」
思い出されるのは、喜劇を生み出したとある少女とそれを追うようにして飛び込んでいったこの国随一の強者たちの姿。
「私は、そんな彼らを悲しませたくはない。命を懸け、死を乗り越え、やっとの思いで救われた。だというのに!帰るべき場所がないなどと、そんなことはあってはいけないだろう!」
体に熱が灯る。英雄の凱旋、その輝きを幻視して。
「そもそもの話にはなるが、私は彼らに全てを任せるつもりはない。私はこの国が好きだ。確かに、一度は滅びかけた国だが、だからこそ、私は知っている。この国の者たちがどれほど強い存在で、この国をどれほど愛しているか。私は知っている」
かつての荘厳さは見る影もなくなった街並み。しかし確かに復興し、巨大樹と共に暮らしている。それがどれほどの苦労を伴ったか、それを知らぬものはこの国にはまだいないだろう。
血で汚れた海、屍骸で埋め尽くされた街、枯れ果てそうな巨大樹。全部、あったはずの景色だ。
「護ろう。もう二度と、あの苦しみを味わないように。もう二度と、あの苦しみを味わせないように。幸運にも、アトラシア様がこの戦いを照らしてくださる。我々に、負けはない」
沈んだ心に、希望が灯る。海竜アトラシア。その存在の大きさを、これ以上ほどないほどに実感する。
「我らの覚悟と、意志をもって、この国を、この生活を、護るぞ!」
小さく、されど大きな声が告げられて。
「「「「ウォウォオオオオオ!!!!!!」」」」
全ての心に火が灯った。どこまでも大きく猛り、尽きることのない炎が。
「ローレンス!開幕の合図を頼む」
「ハッ!」
整然と並ぶ騎士たちから一人、幾千幾万の魔物の軍勢を迎え撃つ。
「レイグラーフ王国近衛騎士団長、ローレンス=エリゼ・デシャルム。いざ、参ります!」
宣誓と共に魚人へと姿を変えた彼が勢いよく敵軍へと迫り、
「────────」
アトラシアの光を受け、輝く剣を手に、振りぬいた。
「感謝、致します!!」
眼前の光景に刹那の驚愕、感謝を告げ、再度駆け出し鎧袖一触切り捨てる。その姿はまさに一騎当千。たった一人でそのすべてを討ち滅ぼさんといった具合であった。
「全軍!警戒態勢!敵は全方位から来るぞ!冒険者諸君!君たちの活躍を信じている!」
王が叫び、持ち場へと移動し、騎士が付き従う。それを見て冒険者たちは動き出し、敵味方入り混じるだろう戦場へと向かうのだった。
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〈side 『再誕の花冠』ガルダン〉
「意味、わかんねぇ」
もう何度この言葉を発しただろうか。今日だけで幾度となく使ったわけだが、何度でもいえる。
「意味、わかんねぇよ」
独り言のようにつぶやくが、誰も反応しやしない。
当たり前か。自しいを失ったのは何も俺だけじゃないんだから。まあ、俺よりはまだショックは小さいかもしれねぇが。
グダグダとする思考の中、仲間と別れ、持ち場へとついた。北は銀級、東は王様。西は近衛騎士団長で、南が俺ら。
「チッ!」
俺たちは金級。ほかの奴らがダンジョンに行った以上、この場にいる唯一の金級だ。だからこそ、その持ち場は広い。方面一つ任される程度にはな。
ちくしょう。こんなことならあんな見え張るべきじゃなかった。何がこのくらいは余裕だ。それは調子がいい時の話だろうが。間違っても、今言える言葉じゃねぇ。
つっても、西を任されるよりかはマシだが。あそこは地獄だ。深海からうようよクソ強い奴らが湧いてきやがる。あのローレンスとかいう騎士団長がバケモンなだけだ。
「ああ、クソが」
魔物どもを蹴散らし、死にかける銀級を助けながら駆け抜ける。俺より弱い奴らだが、現状いないよりはましだ。つーかいないと突破されて終わる。だからこそ俺らはパーティーで動かず各々で別れて遊撃してるわけだ。
モーバリックも、ショームも、今頃は全力で駆けまわってるだろう。カーリンはヒーラーだから銀級の治療でてんやわんやだろうが。
「クソが」
怪我できねぇのがここまでストレスだなんて知らなかった。いっつも大剣ぶん回して、多少の傷は後で治療、そんな戦い方だったが、今はできねぇ。そんなことすりゃあっという間に治療班がぶっ倒れる。
「うぜぇ、うぜぇんだよ!」
一体一体は雑魚のくせに群れると途端にうざくなりやがる。いくら剣を振ろうが数が減らねぇ、デカブツもいくらでも湧いてきやがる。
「ックソが!」
終らねぇ。いくら殺してもきりがねぇ。いつまでだ。いつまでこれを続けりゃいい?
ああ、イラつく。ムカつく。殺してぇ。
「なんで、お前らはそんな笑ってられんだよ」
お前らは弱いだろうが。俺らがいなきゃもうとっくに死んでるんだぞ?なんでそんな笑ってられる?なんでそんな、戦える?
「ハハハ!次はあのでけぇのいくぞォ!この前の借りを返すぞォ!」
「「「「うぉぉぉおおお!!!!」」」」
馬鹿が。サーヴィシュナ相手にお前らが戦えるわけねぇだろうが。そいつは俺らの獲物だ。
・・・つうかこの前の借りってなんだよ。なんであいつと戦ってんだよ。討伐禁止だろうが。
「馬鹿ども!!無駄に死にかけんな!雑魚で我慢しとけ!」
「「「あーーっす!!」」」
「なっ!?」
こいつら…マジで何なんだよ!?
死にかけただろうが!?ってか進行形で死にかけじゃねぇか!なのになんで、なんで笑ってられんだよ!?
「よっしゃあ!怪我治して今度はブリ狩りいくぞぉ!!」
「「「「しゃぁっ!!」」」」
意味、わかんねぇ。
なんでだよ。俺は、金級だろ?あいつらより上で、あいつらじゃ届かねぇ場所にいるはずだ。なのになんで、俺はあいつらに怯えてる?おれはあいつらより強い、そうだろう?このランクが、そう証明してるだろうが!
『金級であることに価値を求めてるようじゃガキだな』
あのクソ爺の言葉が甦る。なんだよ。何が悪い。金級だぞ?誰もが憧れて、たどり着く前に死んでいくあの、誇っていいだろうが。全冒険者の最終形じゃねぇのかよ!なんでお前らはそうやって金級になって初めてスタートラインに立ったみてぇに言いやがるんだよ!?
「ぁ?」
視界がぶれる。暗い、いや、紅い?
やらかした。馬鹿か俺は。戦闘中にボーっとして言いわけねぇだろうが。
「あ!?おい!?ガルダン!?」
馬鹿、どもがッ!こんなんでッ!死ぬわけ、ねぇだろうがッ!
「クソがぁッ!!!」
盛大に血飛沫上げて死にやがれ。カスが。
「ガルダン!無事か!?」
「問題ねぇ!自分の心配してろ!?」
まっ!地下!?跳べるか!?避け!?
「だぁッ!?クソブツゥ!」
逃げる必要なんて、ねぇんだよ!
「アァ」
「た、助かった。ガルダン。だがその剣」
「アア?気にすんな。この程度引っこ抜ける」
「いや、そうじゃなくて」
「は?」
・・・・・剣が折れた。力任せに抜いたからか?それとも無理やり地面に突き刺したから?いや、単純に使いすぎたか?
「ちげぇ」
んなことなんでもいい。敵は無限。こっちは有限。怪我もしてっし数もすくねぇ。そのうえで無手だ?無理だろ。こんなん。
「・・・ああ、うぜぇんだよ。なんでお前らはそうやって上からなんだよ。お前らは」
「おい、どうした?やっぱ頭」
「爺は年寄りのくせに衰えねぇし。騎士団長は単騎で方面制圧しやがるし」
諦めたっていいだろうが。この限界的状況。ぜってぇ無理だ。ぜってぇ勝てねぇ。だっつうのに。
「爺は戦ってる。団長は一人で制圧してる。何より、ジラルドは。あのボケは。どうせ今もへらへら生きてやがる」
・・・負けたくねぇ。負けらんねぇ。あのどっからどう見ても強くなさそうな親父にいい顔させたくねぇ。
「ああ、そうかよ。なるほどなぁ?思い出したわ」
なんで頑張れる?なんで戦える?そんなん決まってんだろうが。俺らが”冒険者”だからだ。
「おい、お前。国は好きか?」
「はぁ!?そんなことより復活したなら助けてくれよ!?俺らじゃしんどいんですけど!?」
何がしんどいだ。まだまだいけんだろ。その程度の雑魚なら。
「いいから答えろ」
「え~?そりゃ、好きだけど」
「そうかよ。で、なんで戦ってる?」
「え?いやいや国滅ばないためでしょ」
「本当にか?」
「そりゃ、そうだろ」
チッ、相手が悪かったか。
「・・・アイツらはなんでだろうな?」
「あの、見る余裕ないんですけど」
「見なくていい。聞こえんだろ」
「あぁ…知りませんよ。でもま、楽しいからじゃないっすか?じゃなきゃあんな笑わないでしょ。この状況で」
楽しいから。やっぱりそうかよ。
「わかった。あんがとよ」
「え?ちょ、ちょっと!?助けていってくれません!?」
「ああ?そんくらい自分で何とかしろ」
「えぇ~~!?」
冒険者。そいつらに常識は要らねぇ。どうせ明日には死んでんだ。好き放題生きて、勝手に死ぬ。それが、冒険者。
「忘れてた」
金級になって、目標に到達して。満足して。違うだろ。
「金級ごときでなに満足してやがる。まだ先はあるだろうが」
いや、先しかねぇだろうが。
人間やめた連中が金級だとして、この世界に人間やめてるやつらはどんだけいる?
神に、天使。龍に、精霊。勇者に魔王。吸血鬼に、鬼。そんで、金級。
「はっ!そりゃそうだ。俺はガキだった。世界はひれぇ。人外なんかいくらでもいやがる」
それがわかってっからアイツらは俺をガキだといった。自分以上の強者を腐るほど知ってたんだろうな。だからこそ、ああして生きてる。満足しねぇで、その先へ先へと。
「負けたくねぇ。俺はガキだが、親父どもに笑われてたまるか」
思い出せ。かつて死にかけながら倒したやつを気軽に倒されたイラつきを。
思い出せ。俺が死にかけた話を酒のつまみにした奴らを。
思い出せ。思い出せ、思い出せ、思い出せ。
「クハッ!イラついてきた!」
何時だってそうだ。見返したくて。想定外を与えたくて。その顔面をゆがませたくて。だから挑んだ。だから勝った。だから、
「冒険したんだよ」
あぁ。ああ。ああ!
「あいつらにできねぇことできたら。あいつらはどんだけ驚く?」
イイな。ぜってぇ悔しがるな。笑える。酒のつまみにしてやろう。
「キャハハ!」
休憩は終わりだ。こっからは、ノンストップで駆け抜ける。
「テメェラァ!!!死なねぇことだけ考えろぉ!!!全部ッ!俺が倒すッ!」
「「「シャオラァ!!!」」」
ジラルド。なぁ、盾役。お前にできねぇことやってやんよ。こっから先、誰一人死なせねぇ。全員俺が、守ってやる。
「真似してやんよ。”創造 大剣”」
アイツが盾を生み出して守り切れないなら、俺は剣を生み出して全部守る。
それが、最っ高の意向返しってもんじゃねぇか?
冒険者とは馬鹿な生き物である。理性を持ちながら、己の意思で理性を消し去り、感情のままに生きる者たちである。刹那に生き、刹那に死ぬ。今日に生きて、明日に死ぬ生き物である。
あ、ストック切れました…………どうしよ…




