其の八十六 其れは星を壊すが如く 参
ヴィクトリア(影)に捨て身タックルをかまし、当然のごとくすり抜け、向かい壁に穴を穿つ。
「ぐっっふぅう!」
少しして、止まった。
「く、び、折れ、る、死、ぬ? わけ、あるかぁ」
私が、首を負った程度で死んでたまるかぁ。どっかの龍は頸だけじゃなくて全身めちゃめちゃにされても生きてたんだぞこのやろぉ!
「っはぁ…」
落ち着くと同時に怒りがわいてきた。
「ふざけてんだろぉ。それは反則ぅ。不死はずるだってぇ!」
あのやろぉ。影だからってそんなことありますぅ?実体あるじゃんかぁ。なのになんですり抜けるんすかぁ?
「・・・・・・・どっかに似たような亡霊がいた気もすんなァ……気のせいだろうなァ…通常攻撃が全体攻撃で音速超えてて私を容易く切り分けられてしかも閉所でも自在に死角から襲ってくるようなのいるわけないよなぁ」
・・・・はぁ。やめよ。虚しくなる。
「改めて思う。今まであってきたやつとさっきの奴。全部考えれば私って大分マシなタイプのボスだ。だって実態があって、能力封じしてこなくて、無茶苦茶な遠距離攻撃持ってなくて全体攻撃もなくて。死ににくいけど死ににくいだけで普通に死ぬときは死ぬわけで。殺そうと思えば殺せるタイプのただの高難易度ボスだよね」
あ、でも死んだら精霊要素が相対的に強まって物理無効になる?
「う~んそれはクソボス」
だけどそれでもいいと思います。魔王なので。
「・・・さて、如何殺すか」
な~に時間はある。ほかの奴らはほかの奴らで戦ってくれるからね。私はあいつに集中すればいい。
「・・・あの影が亡霊判定だとして、魔力は効く。そのはずだけど…」
鎧、剥がされたよなぁ。
「あ~れもしかして私じゃダメかぁ?」
条件満たしたやつしか攻撃できないてきな?
そういやセバスはセバス(影)に攻撃できてたし同位体なら攻撃が通る?
「無理じゃん。ヴィクトリア動かした瞬間負けるよ?バフ切れて」
そもそも王将同士を戦わせるのは馬鹿だろ。
「ならワンチャンセバスでも行けるか?」
何ならヴィクトリアのバフ受けてたら大丈夫とか?
「う~わありそ~。けどそしたら無理だな。私もらえないし」
もしかしたら貰えるかもだけどあの時私へのバフ切ったあたり私には効果外なのか、対象の数に制限せざるをえなかったか。
どちらにせよ、私はヴィクトリアに信じられたわけで。
「期待には応えなきゃだよねぇ?」
体は…動く。傷は治った。完治。ほんならぼちぼち脱出するとして…
・・・ヴィクトリアもヴィクトリア(影)も、無意識かわかんないけど大気中の魔力使ってんだよなぁ…。
ここはダンジョン。ひとまずモンスターさえ倒しておけばなんか魔力が大気に漏れ出すようだし、ガス欠は気にしなくていい。
気にしなくて、いい…?
「ガス欠させるか」
魔力がなくても私は戦えるが、バフは魔力がなければ使えない。
この場の魔力全てを使い果たせば、一時的に超絶弱体化させられる。その間に全部殺しきれば…
・・・実際には、周囲の大気魔力を使い切るだけでいい。それも、影の近くだけ。
「多少バフの出力が落ちれば御の字。ヴィクトリアのバフ出力はそのままで押し切れる」
そう。バフで押しきれる。だからそこから先は任せればいい。
・・・決着はアイツラに任せればいい。別に私が無駄に攻撃しかける必要はない。そのはずだ。
「・・・水の気配?」
・・・・・・・水…
「なんだろう。いやな予感がする…」
よっこしょっと、思考を切り替え、這うようにしてきた道を進むこと少し。
「・・・ですよね~!?」
前方から流れ込む濁流。おそらくはここに来るまでのどこかで地底湖かなんかとぶつかったのだろう。そして空いた穴から水が漏れ出し今に至る…。あ、飲まれる。
「ごぼごぼごぼごぼぼおぼ!!!!?」
息止めなきゃ。呼吸法変えなきゃ。
・・・危ない危ない。窒息するかと思った。
・・・結局のところ呼吸ってエネルギーを手に入れるための試みだからね。生命維持とかに必要なエネルギーを好き勝手出来るならそんなことしなくてもいいのよ。多分。
「私にそんな細かい理屈なんてものは分からない。けどなんかできそうだからやる。ただそれだけである」
いやぁ、便利だよね。龍の体って。あと妖力なり魔力なりって。
「機械が電気で動くように、私も謎の力で動くのである。のはともかくとして…どうしよ?」
濁流に対してできることがない。抗って進もうにも体勢的に厳しい。這うんじゃあねぇ?これが泳ぐならともかく…
「あ、水流操ろ」
水流操作!魔法らしい魔法がなぜか使えない私だけどきっとこのくらいなら使えるよね?
まずは集中。意識を水流に向けてこうしたいああしたいのイメージを強く願う。したら後は簡単。
「手伝え、守護霊」
水流が反転、私の体を押し流すようにして穴の外へと運び出す。
「ふぉ〜ぉぉお!?」
ウォータスライダー的楽しさ!と同時に感じる怖さ!
勢い強い!視点ぐちゃぐちゃ!酔う!
「まぁ普段の三次元起動考えたら三半規管なめんなってとこではあるのだけ、どっ!?」
水流操作にも慣れて、外に飛び出して驚愕。
「水没しかけてる〜!?」
大空洞に水が流れ込んで足元が水没してる!なんで!?
いや別に流れ込むのがおかしいとかそういうわけじゃなくてさ!?
「早くない!?流石に貯まるの早くない!?」
だってなんやかんやでここ結構ひろ…っ!
「壁に穴空いてる〜!?」
何で!?ってアレか!?ヤドカリか!?アイツが死んで体が大気中に散ったのか!?
つーか周り水で囲まれてたのねここ!?いや海の中だしそんなもんか!?
「わっかんない!だけど特に問題はないのでよしっ!」
多少足は取られるけど有り余るパワーで踏み込めば問題ないからね。
「さて。まぁそれはそれで都合がいいかもしれないと言ったところ」
そもそも龍とは水神だったりなんだったりするわけで。水とは切っても切り離せないような関係であるからして。
「環境バフとか入ってもいいのよ?なくても作るけど」
魔法とは自身の望むものを、欲望を具現化するものであるからして。イメージだの認識だので何でもできる。……はずである。私もよく分からないしそれでも使えるんだからきっとそんな感じのなんかだよきっと!
「つーわけで!ぶっつけ本番!願うままに巫山戯倒していきましょ〜!!」
と、いつものように魔力を集め、魔法を発動させようとして、
「形態変化 水りゅ……う?」
━━━揺らいだ。
全身を隠そうとした魔力は霧散し、制御を離れる。
まぁ、1回目だしね?
「ん〜?もう一回、形態変化 水龍」
やはり、失敗。
「・・・形態変化 水龍」
今度は魔力すら動かない。
不安が心をよぎりだす。
「形態変化 水龍。形態変化 水龍。形態変化 水龍形態変化 水龍形態変化 水龍形態変化 水龍形態変化 水龍」
焦る心のままに何度も唱える。
しかし。幾らやっても、幾ら望んでも、何も起こらない。
「形態変化…」
視界が揺らぐ。何も見えない。
気づけば、私は膝をついていた。
「・・・ハハッ」
響いたのは、乾いた笑い。
何度願おうと、何度試そうと、魔法は発動せず、魔力は呼応しない。
「ハハッ…ハァー、しんど」
な〜にしてんだろ、私。
「毎度毎度…土壇場窮地で大っ覚醒っ!そんなもんは主人公だの勇者だの、光の連中の特権だろうに…」
魔王というのは、運や賭けで生きるんじゃなくて、過去に、実力に裏打ちされた結果として勝つもんだろうに…
「私は、何者だ?」
私は、魔王。【聖魔】シオン・セレスティン。
「違う。それはまだ早い」
アイツは私を認めた。認めたから、そう呼んだ。
けど違う。私が魔王なら、今こんなことになってない。
私は。できることすらできないんだから…
「・・・じゃあ、なんだ?」
私は魔王じゃない。勇者でもない。勇者見習い?そんなもんなるかよ。そいつは私にゃ向いてない。
あぁ、だめだ。メンタルやられてる。
なんで?
違う。今考えるのはそれじゃない。
私は何者?
違う。なんだっていいだろ。今考えるべきはこの戦いの勝ち方で…
「ハァー……違う。全部、違う」
何が正しい、何が間違い。そうじゃない。
「魔法は欲望の具現。自分が納得しなけりゃ何もできないのは必然」
水が冷たい、心が、空いている。
「スゥ〜」
チラリと奴らを見れば、生きている。
なら、問題ない。
「ハァ〜」
体を軽くする。何もかもを吐き出して、
「スゥ〜」
吸って。限界までこの小さな体を膨らませて。
目を瞑る。
暗闇が映る。
耳を背ける。
音が消える。
心を隔てる。
世界に独り。
独りのセカイで。
自分と対話する。
「はぁ〜」
問う。
私は誰だ。
答える。
魔王だ。
考える。
嘘だ。
再度問う。
私は何者だ。
再度答える。
魔王だ。
再度考える。
それは違う。
なぜか。
「魔王なら、こんなとこで躓かない」
魔王は、確固たる自分を持っている。方向性は異なれど、必ず柱となる意志が、願いがあり、それは得てして人と敵対し、勇者に折られるものである。
だが、私にはそれがない。
かつてはあった。「魔王になる」。
それそのものが柱だった。
だが、今はない。
なぜか。
「魔王になったから」
私は認められた。【聖魔】。
それが私の呼び名であり、魔王の証。
私は魔王だと、他ならぬ魔王に認められた。
けど、現実はどうだ?
「魔王になんて、なれてない」
初めて手にした配下は死んだ。守ることはできなかった。どころかその死を見届けることも。
相棒は消えた。この身に融ける形で。
推しは、友達は離れた。神になった彼女を救えなかった。
何一つ、守れなかった。
「魔王は、強い」
多くの仲間を従え、強く慕われる。死ねと命令することはあれど、無駄に死なせることはなく、仲間は見捨てない。
正しく報酬を与え、その命は王のもとにある。
それが、魔王。私の信じる、魔王。
だから私は魔王じゃない。
「なら、何者か」
・・・勇者見習い。あの時そう名乗ったのは…
都合がよかった。それはそうだ。魔王と名乗るわけには行かなかった。かといってあの状況で何も名乗らないわけには行かなかった。だから、そう名乗った。
「バカらしい」
魔王を目指すやつが、勇者に救いを求めたんだ。
魔王として、神に勝てる気がしなかった。だから、奇跡を起こす勇者に、絶望でこそ輝く希望に願った。縋った。
バカみたいにハイテンションだったのも、刹那的に生きたのも、何もかも。
「全部、逃げたかったから」
嫌だなぁ。せっかく龍に生まれたのに、前世じゃ考えたことなかった人間らしい悩みに苦しむなんてさ。
「憧れがあって、近づけば近づくほど遠くなって、山頂について初めて、他の山の高さを知るんだよ」
苦しいなぁ。
たぶん。みんなコレに苦しんでたんだろうなぁ。あの頃の私は、俺はまだ山頂にすら着けてなかったからわからなかったけど。今、わかった。
神の強さを見て、ううん。神とさえ戦える【魔王】を見て、心を折られた。
だって仕方ないじゃん。私が龍として生きて、必死に命を繋いで、相棒さえ犠牲にして、それでもなお届くことのない場所にアイツはいた。
いっそ誰も届かない場所だと言えたらよかった。その初めてを目指せたから。
「アイツはできて、私はできない。現実逃避もしたくなるよ。つっても、その逃げた先でさえこうして負けてるわけだけどさ」
だから、いい加減。
「逃げるのは辞めにしよう」
きっと、このダンジョンにおける主人公はヴィクトリアだ。【怠惰】のダンジョンで、【怠惰】の権能持ち。そしてラスボスはヴィクトリアとセバスの影。
どう考えてもここはヴィクトリアたちが主人公のスト-リー。
だけど、私にとってこの世界の主人公は私。だからもう主人公は譲らない。最後まで足掻くよ。
「だからさ、奪ってよ、主人公」
君らが本当に主人公なら、できるでしょ?




