其の八十 命の重さと精神分析
シュリヴァンさんとロゼッタさんが出発してから十分が経った頃。
「戻ったぞー!」
「いい加減降ろしなさい!恥ずかしいでしょ!?」
なぜかシュリヴァンさんにお姫様抱っこされたロゼッタさんが帰ってきた。
・・・お姫様抱っことは言うけど私もほとんどされたこと無いのに…ちょっと羨ましい。ちょっとだけね?
「おう。元気になっようで何よりだ。それでどうだった?」
「んーと、何もない。だから何かあったかも?」
うーんと? 何もないのに、何かあった?
「・・・単純に殲滅しきっただけじゃねぇの?」
「ん〜?そうかも?だけどなんか変なんだよなぁ。ほら、さっきの群れも圧殺しに来たにしてはどうも散発的だったし」
「そうか?こっちからすりゃ壁みてぇにしか見えなかったが」
えっと? 殲滅しきっただけ?
「あ、近くにはもう敵がいないってことですか?」
「あ、うん。そうそう。紛らわしかったね、ごめん」
「いえ、話の邪魔してごめんなさい。それで…さっきの群れが散発的というのはどういうことですか?」
ちょっと恥ずかしい。理解力が足りなかったぁ…。
「そうそう。何ていうか、群れが終わりそうかなぁって思ったら別の群れが来るみたいな?」
「あぁ、それなら俺も感じたぞ。確かに妙だな。てっきり戦闘音を聞きつけてドンドン遠くから来てるのかと思ってたが、なんか違和感があんだよな」
「あ、確かにそういう可能性もあったのか」
「なんだ、ほかに理由があったのか?」
「んー、いや、例えば化け物が暴れててそこから逃げてきたとか?」
「ああ、それもあるか」
音を聞きつけて…化け物から逃げて…?
もしかして…シオンちゃん…?
「ふむ。こちらとしては何とも言えませんが、散発的であったにしても群れで行動していた、ということですよね?ならば逃げてきたというのは薄いのでは?」
「あー、確かに」
「確かにな」
逃げてきたならもっとバラバラになりそうだもんね。
「とりあえず、近くに敵は居ないんだよね? なら休憩も兼ねて少し考えてみよう。この違和感は大事にしたほうがいい気がするし」
「「「了解」」」
それから少し考える時間をとっていると、不意にジラルドさんが呟いた。
「群れで行動…ね。ならやっぱ指揮官的なのがいんのかねぇ?」
「いるだろうなぁ?」
「あー、いやだ。指揮官殺さねぇと戦術的なの使ってくるせいで面倒。殺しても統制取れずに暴れ回って面倒。いてもいなくても嫌なんだよなぁ」
「わかる。けどやっぱ最初に指揮官は殺すべきだよなぁ。居るほうがめんどくせぇ」
指揮官かぁ。一応このチームの指揮官は私になるのかなぁ。ってことはやっぱり私も狙われるのかなぁ。頑張るけど、私自身は強化されてないからなぁ…
「あ」
「どうした姫様」
「姫様、何かお気づきになりましたか?」
「おっ、マジかよ。さっすが姫様」
「あ、はは。もしかしたら、だけどね」
うぅ。セバスとかはいいけど、皆からの姫様呼びは慣れないなぁ。同じ『姫様』でもちょっと違うんだよね。
「あ、それでね。もし私がここの指揮官だったらどうするかって考えたんだけど…私なら全モンスターを自分の周辺に集めると思うんだよね」
「全部集める?」
「そう。向こうは今防衛側なわけで、しかも守るべきなのって自分の命だけでしょ? だからある程度の戦力で追い返せないならもう諦めて奥まで引き込んでから全戦力で殺すかなって」
そう。だって時間は向こうの味方なんだから。物資が減って疲弊しているところを自分のテリトリーで殺す。なにせいくら侵入されようと最後に殺せれば困ることなんて無いからね。
「なるほど。なら周辺に敵がいないのは戦力を集中しているということですか」
「うん。あ、予想でしか無いけどね?」
「いや、少し納得した。敵が散発的だった理由はわからないが今襲われないのはそういうことだろう」
「ま、休憩中なんて襲わない理由無いもんね」
「・・・シオンちゃん」
「ドーラ?」
ドーラちゃん?
「どうした?」
「・・・戦力を集めてるとしても今私たちを攻撃しないのは少し変。だからもしかしたら、他に戦力を集中しなきゃいけない相手がいるのかも…と思いました」
「それがクソガキだと?」
「・・・回復させないよ?」
「さーせんした」
ドーラちゃん…怖い。けどよく言った。シオンちゃんの悪口は許されないからね。
「しかしなるほど。そうだとすれば急いだほうがいいかもしれませんね。シオン様に戦力が集中しているならば急がなければ本当に死んでしまうかもしれません」
「あ!確かに!」
そうだ。まだ生きてるからって死なないと決まったわけじゃない。
「まぁ、アイツなら大丈夫だろ。つうか戦力集中させるってことは俺らに来た量は既に殺しきったってことだろ?化け物かよ」
「ジラルド…?」
「さーせん」
うん。流石ドーラちゃん!けど。こればっかりは化け物かもって私も思う。まあ?化け物なシオンちゃんも愛するのがお姉ちゃんなんだけどね!
「・・・化け物…か」
「レオンさん…?」
「おいドーラ俺はともかく爺さんまで眼飛ばすな」
「すまん。ただ、あの嬢ちゃんが化け物だとすればもしかして…と思ってな?」
「もしかして?」
もしかして? あ、もしかして…
「ああ、化け物から逃げてきた奴らが俺たちの戦闘音を聞いて来て、今静かなのはもう逃げることすらできなくなったから…かもな?」
「さすがに違うでしょ?今戦力集中させてるなら最初から敵前逃亡なんて許すような指揮官じゃないだろうし」
「それもそうだな。ま、なんでもいいだろ。どうせ俺等がすることは一つだしよ」
視線が集まった。うん。そうだ。今は答えを出す必要はない、大体の予想ができれば十分だ。
「休憩は十分とれました。出発しましょう。全員周囲を警戒、もし戦闘音が聞こえるようならそちらに近づき、シオンちゃんを発見次第救出に動きます」
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再出発を果たした後、一体の敵に襲われることもなく探索を進めることができている。できてしまっている。
「これはいよいよ姫様の言う通りかもなぁ?」
「だな。いくら何でも襲われなさすぎる」
「となると…最初以上の数の敵が待ち構えているということですね…」
この先、終着点となるボス部屋にはどのくらいの敵が待ち構えているのだろう。今のうちに少しでも数を減らしておきたかったけれど、それができないとなると…
「まあ予想外ってほどでもないだろ。もともと人死に前提の策戦なんだしよ」
それは…そうだ。最初から誰も死なずに終わるだなんて思ってない。むしろ全員を死なせても、相打ちになってでも仕留める気持ちで来たんだ。
「そうですね。ですが警戒は続けましょう。油断したところを突然襲われるかもしれませんし、それこそシオンちゃんのように転移で連れ去られて各個撃破されるかもしれませんから」
「「「はっ」」」
うん。これでいい。いくら敵がいなくともここはダンジョン。気にしすぎるくらいがちょうどいいはず。そう思って主に騎士たちに声をかけたのだけど…ポンっと肩をたたかれた。
全身鎧ではないけれど、私も所々に鎧を着こんでいる。だからその大きな手にどんな意図が込められているのか、詳しくは分からなかったけれど・・・
「気合入ってんねぇ。ま、そんな硬くなることねぇさ。命を重く見る必要はねぇ。もっと軽く見といたほうがいいぞ?」
「え?」
びっくりした。命を…軽く?
「姫さんはなんでも背負いこもうとすっけどよぉ、たかが冒険者の命。国のために生きる騎士の命。方向性は違えど結局は死にかけてなんぼの軽い命だ。気にすることはねぇ」
軽い…命?いや、でも。
「冒険者なんてのはよォ。馬鹿なんだ」
「・・・え?」
思考が停止しかける。いきなり何を言い出して?
「あの、気を紛らわしてくれるのは嬉しいですけど、その、あまり自分の職業を卑下するものじゃないですよ?」
「あ~? あぁ。いや別に卑下してるわけでもねぇさ」
「え?」
「なあ姫さん。あんた、勇者として活動するときいろいろ面白そうなもん集めるんだってな」
「えっ、・・・はい」
「別に攻めてるわけじゃねぇ。勇者なんて言われても人間だしな、そんくらい好きにすればいいさ。そんでよ。もし仮に。勇者でも、姫でもない自分がいたとして」
勇者でも、王族でもない・・・自分。
「それはつまり自分の命は自分だけのものってことだろ?」
「・・・はい。でも家族は…」
「根が優しいねぇー。ま、そんくらいはいいさ。大事なのはこっからだ。何物でもないあんたの前に宝があったとする。そしてそれを守る敵が一つ。そいつの強さは自分と似たり寄ったりで、うまくやれば勝てる。お宝を手に入れられる。そんな時、あんたはどうする?」
私がどうするか? それは…いや…
「ああ、俺らが警戒してっから存分に悩んでくれていいぞ」
「・・・はい」
一度思考をリセットしよう。私が、勇者でも、王族でもない。何物でもない極普通の立場の人間なら。
宝がある。目の前に。守るのは勝てるかもしれない相手。相手って誰? 違う。誰でもいい。ただ敵であることが確定してれば。敵なら、殺してもいい。宝を奪っても文句を言われない状況。そうだとして。私は。
「・・・戦います。それで宝を手に入れる」
「死ぬかもしれないのに?」
「はい。うまくやれば勝てるなら、戦います」
「そうまでして宝が欲しいか?」
「・・・はい。欲しいものがあって、手に入るかもしれないのに見逃したくないので」
何物でもない私ならそうする。勇者であり、王女である私にはできないけど。
「なるほど。じゃあ、死ぬ可能性のほうがはるかに高かったら?」
「それは…」
難しい。
「そこに在るのが今しか手に入れないお宝だったら?」
今しか…手に入らない。お宝。
「なら逆に、何があんたを止める?」
「なにが、私を止める?」
「そうだ。いろいろあんだろ。死にたくないとか、残してきた家族がいるとか。恋人と結婚の約束してるとか、いろいろ」
う、う~ん。全部…いや、でも。さっきのだって死ぬ可能性はあったわけだし…
「私が死んで、悲しむ人がいるかもしれないし、恩を返せずに死ぬかもしれないから」
「・・・自分の命は惜しくないと?」
「・・・はい。死にたくはないですけど。それでも今しか手に入れられないなら挑みたい気持ちのほうが強いです」
「・・・なるほどな」
・・・・・・・え。沈黙?えっと、会話おしまい? いやそんなわけ・・・!
「く、くくく」
え、笑われてる?誰に?
「ふふふ」
「ハ、ハハ」
「くくっ」
違う。これ、
「「「はははははは!!!」」」
みんなに、だ。正確には冒険者の全員が笑ってる。
「そっ、そんな笑わなくてもいいじゃないですか!何がおかしいんですか!?」
「ああっ、悪い悪い」
「ふふっ、ごめんね? わ、悪気があるわけじゃないのよ?」
「そうそう。悪気はない。ハハハハ!」
「シュリヴァンさん!?笑いすぎじゃないですか!?」
それで悪気無いは無理あると思うんですけど!せめてもうちょっと我慢してよ!
「違う。違うの。悪気は本当にないんだよ?」
「ドーラちゃん…」
貴方も笑ってるのに…
「みんな想像と違う答えが来たからびっくりしてるの。それで思わず笑っちゃるだけだよ」
「そうだな。少なくとも俺もそうだ」
レオンさん…その割にさっきすごい笑ってましたよね。
「・・・じゃあどんな答えが来ると思ったんですか?」
「「「戦わない」」」
「「命はかけられない」」
「え?」
「あ、悪い。どっちの質問かわかんなかったわ」
「あ、ああ。なるほど。まあ、皆さんは命かけてまで私が宝を手に入れようとはしないと思ってたということですよね?」
「ああ。そうだな」
なるほど。なら予想通りなのでは?
「予想通りじゃないぞ。全然違う」
「え?」
「俺らが考えてたのはな。自分が死にたくないから身を危険にさらしてまで宝を欲さないと思ってたんだ」
ならやっぱり同じ…
「でも実際は、自分の命を賭けるのは別にいい。だけど周りを悲しませたくないから賭けない。だったわけだ」
・・・なるほど?
「まあ、つまりさ。ヴィクトリアから社会性を消し去ったのが冒険者だ」
「・・・え?」
「もっと簡単に言えば。自分の欲望に従って生きて、その結果死ぬことも何も気にしないのが一般的な冒険者ってことだ」
「・・・・・・・へ?」
「逆に自分の欲望ってのが国を守ることだとか周りの人々助けたいってやつで、かつ自分の命のかけどころを間違えないのが騎士だな。そういう意味じゃヴィクトリアは冒険者が騎士になろうとした結果、みたいな感じか?・・・笑える」
え、いや。・・・・え?
「理解が追い付いてないですけど…とりあえず馬鹿にされた気がします」
「・・・ソンナコトナイサ。ただなんか。掛け合わせるなんて到底無理な二つを合わせた結果生きにくくて仕方ないだろうなとは思うが」
「生きにくい?」
「だってそうだろ。自分の欲望を隠して、周りに合わせようとして、でもできなくて、場合によって自分を変える。正直面白いぞ。まじめな探索シーンとふざけてる休憩時間で言葉遣いも雰囲気も何もかもが変わるの」
「・・・ぁ」
そう、言えば。気楽にいるのは勇者の時だけって決めたのに。今は国を背負った策戦なのに。空気が軽くて、つい…
「ま。そんなもんはどうでもいい。俺の知ったことじゃねぇし。暇だったせいでずいぶん話がそれたが、結局何が言いたかったかっていえばよ。俺らの命なんて使い捨てみたいに考えときゃいいんだよ。騎士は死に時を間違えねぇし、冒険者は死んでも自己責任。そもそも冒険者は死んでも死なねぇような奴らばっかだし」
「・・・ひどい人ですね」
「え、俺なんでいきなり罵倒されてんの?割といいこと言った気するんだけど」
「馬鹿が難しいこと言おうとするからでしょ」
「馬鹿だから」
「馬鹿だもの」
「えぇ…?」
ふふっ。本当にひどい人だ。人の本性を暴いといて相談に乗るでもなくどうでもいいだなんて。それに、
「冒険者は自己責任っていっても今回は強制じゃないですか」
「あ?気にすんなそんなもん。大して変わらん」
「そうですか?なら、そういうことにしておきます」
「・・・? おう」
命を軽く。みんなを使い捨て。言い方は悪いけど、なんとなくわかった。騎士は彼らの命が最も役立つところに送り込み、冒険者は彼らのやりたいようにやらせればいい。私にできるのはそのすべてを応援することだけだ。
「・・・それと、ありがとうございます。おかげで気が楽になりました」
「そうかい。なら感謝の印は体で返してもらおうか」
────!? こ、これは!
「えぇ!? そ、そんな!それは、さ、さすがに!?」
「やめろそれ!?騎士が殺気立つ!」
「・・・冗談です。わかってますよ。助けてもらった分、本番は気合い入れて応援しますね」
体で、というのは言葉の綾というか、肉体労働で、という意味だ。残念ながら、私もそんな勘違いをするほど乙女ではないのだ。
「おう、助かる。 ──それとシュリヴァン!お前は地獄行な」
「なんで!?」
「んなもん俺が殺されそうになってんの見て笑ったからだろうが」
「ひどい!助けて!シオンちゃん!」
「馬鹿が!あいつはここにはいねぇよ!大人しく死を受け入れやがれ!」
「そ、そんなぁ!?」
ふふっ。本当にひどい人。でも、やっぱりいいなぁ。私も生まれが違えば…いや、それでもか。でも、冒険者として生きることはできなくとも、冒険者風に生きることはできる。私はそれでいい。だから早く。
「会いたいよ。シオンちゃん…」
私に変わるきっかけを、この出会いの何もかもを用意してくれた私の可愛い妹(分)。彼女はきっと生きている。そう信じて。
「さて!気楽に気を引き締めて行きましょう!」
これ書いてて思いました。せめてシュリヴァンの一人称は”俺”じゃなくて”オレ”にすべきだったと。さすがにごちゃつく。
なので分かりにくいところはどれが誰かはご想像にお任せします。できるだけ頑張ったけど無理だったよ…




