其の六 飛べない龍は…
「いい天気だ」
いつも通りの雲一つない快晴。眩いばかりの太陽の下、私は目を覚ました
「ん…?」
体を起こし、いつものようにストレッチを始めて気づく。昨日の激戦によってできた傷がもう治っている。周囲を見渡しても穴の開いた亡霊はもういない。あれほどまでの疲労や痛みも何事もなかったかのように既に消えている。
「夢…?」
いやまさか、そんなわけがない。ちゃんと右腕をボロボロにしたときに飛び散った血も、過度に酷使した両足から噴き出した血も地面に残っている。私はちゃんと勝ったんだ。
「ふぅ…さて、どうしようか」
一先ずの目標はクリアした。あの亡霊を倒したんだ、この世界で生き抜くためのそこそこ以上の力はもう手に入れたと言っていいだろう。……もしもあれがこの世界の普通とか言われたら私はとても苦しみながら苦難の道に飛び込もう。いくら難易度は高いほうがいいと言っても苦しいものは苦しいし辛いものは辛いので。
「温泉…行くか」
肉体的にも精神的にも、随分とスッキリした気持ちではいるのだけど、やはり何かを成し遂げたあとは温泉に入ると相場は決まっている。今日くらいは多少堕落してもいいでしょう。
「あぁ〜気持ち〜」
隠れた疲労が溶けてゆく〜。ぐでぐでになっちゃう〜。
「ハァ〜」
温泉の中で全身広げてプカプカ浮かぶの最高、圧倒的解放感。俗世の全てから解放された様な気がする。
「そろそろ振り返りするかぁ〜」
でももうちょっとだけ、もうちょっとだけこの感覚を味わっていたい。
気づけば辺りは夕方になっていた。
(おかしい。何があった?)
そんなふうにとぼけて見るけど時が戻ることはない。やってしまった。普通に二度寝した。起きたら水中に沈んでたから私じゃなかったら溺死してた。やっぱり風呂場での寝落ちはちゃんと死ねる。
(急いで振り返りしなきゃ)
まず、今回の戦いで失ったものは特にない。強いてあげるならば人間性だろうか。腕も足もぶっ壊しながら一撃入れようと迫る奴はもう人間とは言えないだろう。たぶん。
次、今回の戦いで手に入れたもの。
「手に入れたもの…命?」
勝たなければ死んでたわけだから…まだ命が手に入ったとも言える…のか?
「それでいったらあとは戦闘経験と勝利と…あ、魔力の使い方」
あの戦いの中、何度も走馬灯のように駆け巡ったかつての記憶と、瞬間的な閃きが合わさったおかげで編み出した「魔力装」とも言うべき技。
身体強化する時のように体内に巡らせるんじゃなくて装備として外に纏わせる形の使い方。背中に集めた時はシールドとして、腕に集めた時は亡霊へ攻撃を通すための武器として。
……にしても、魔力が非実態の敵に有効でよかった。そもそもが非実態な力だしそうじゃないかと思ってたけど。
あと、この技はもともと練習はしてたけど外に集めるのが難しくて全然うまくいってなかったから、やっぱり実践というのは凄い。命をかけているおかげか、防衛本能や生存本能とかのおかげもあって一気に成長できる。
あぁ、手に入れたもの最後はあれか。
「戦いの充足感と、殺し合いの楽しさ」
あの生と死を行き来する感覚は悪くない。死線を一つ乗り越えては次が迫り、乗り越えては迫り、あの死の押しつけ合いは私に秘められた可能性を惜しみなく解き放ってくれるし、確かな生を実感できる。毎日はともかく、そこそこの頻度でこういう戦いは欲しいと思えた。
「私も随分と狂人になったなぁ」
今回手に入れたのは戦闘狂ってやつかなぁ。どうせ魔王になったら色んなのと戦うんだし、戦闘を楽しめるのは悪くないからいいけどね。
今回の戦利品は特に無し。新しい武器防具が手に入ったわけでもお金が手に入ったわけでもない。けど成長はできたからまぁ良しとしよう。まぁでも、強いて一つ挙げるならば…。
「あの鞭、欲しかったなぁ…」
翌朝になった。昨日はなんとなく何もする気がでなかったから、ドロップがなかったことに僅かに遺憾の意を抱きながら寝た。寝たのだが…。
「どうなってんの?」
朝、私は目を覚ました。そしていつものように体操をしようと水中から顔を出したら…木漏れ日が差していた。
木漏れ日。木漏れ日とは木々の隙間から差し込む陽光のことである。そう、それはつまり。
「どうして?」
辺りが緑化しているということだ。足元には雑草が茂っているし、見渡せば樹木が立ち並ぶ。樹高はそれほどではないが、それでも私の身長からすれば巨大だ。
なぜ一夜にして植物が生い茂っているのか。
それはわからない。わかりはしないけど。いきなり森林に捨てられた幼女がすることと言えば。
「さっさと街行って有名になってやろう」
捨てたことを後悔させる展開である。
(ま、別に捨てられたわけじゃないんだけど。ただ拉致されてほっぽりだされただけだけどね)
……そっちのが酷くない?
「よーし、さっさと街行くぞー!」
と、その前に日課の体操を終え、温泉の方へと振り向く。
思えばこの温泉とも長い付き合いで、今日ここまで来ることができたのはこの温泉のおかげでもあると言えるかもしれない。今しばらくのお別れだけど、次に来ることがあればまたお世話になろう。
「ありがとうございました!!」
深く、深く礼をする。たとえ世界を滅ぼす大悪たる魔王になるとしても、こういうところの人間性は、日本人らしさは大事にしたい。
「さぁ!行くか!」
かつて行き止まりとした崖を目指して突き進む。魔力は使わず、巣の身体能力でもって木々の隙間を駆け抜ける。地面から突き出た根や枝が邪魔をするが問題はない。あの亡霊の攻撃よか何倍ましだ。
(亡霊。アイツは何だったのだろうか)
この急激な変化にやつが関係しているのは十中八九間違いない。けど、それがなぜなのか、アイツが何者だったのかはわからずじまいだ。
(いつかこの問いの答えをしれたら)
そう思いながら、勢いよく崖を登っていく。今の私ならたとえ落ちても問題はないから、ノンストップで、直感に従って登っていく。
そして、ついに崖を登りきった時、私は驚愕に目を開いた。
「ハハッ」
いつも通りの雲一つない快晴。どこまでも澄み渡る空。
──かつて、誰かがいった。もし雨が嫌いなら。もし、曇り空が嫌いなら。もし、快晴だけを見ていたいなら、雲の上に住めばいいと──
「あぁ、そっか…」
合ってたよ。あなたは間違っていなかった。
「父さんは間違ってなんてなかった!天空の島はあったんだ!」
遥か高き雲の上に、誰もいないこの地に天空の島はあった。
(………ッ!?!?)
「もし、私がこの場所に魔王城を建てれば…」
この島は、天空の城になる!?
「城の名前、何にしよう」
というのは、まぁ置いといてだ。そんな遠い未来の話は置いておこう。どうせこの場所に人が寄り付くことなんてないだろうし、いつか戻ってきたときに人がいたなら国民として従えてやればいい。それができるだけの強さが、その時の私にはあるはずだから。
「どうやって降りれば?」
フリーフォールするのはまず却下。確かに私の身体能力は上がっているけど、雲の上から落ちて無事なほどの耐久はない。ないはずだ。わかんないけど。たぶんない。攻撃力は鍛えれても防御力は鍛えられなかったし。
もしかしたら近くに階段状にもっと低い浮島があるかもしれないし、あの亡霊のもととなった人がこの場所に来たときの飛行船とかがあるかもだし…だし?
(え、待って待って?あの亡霊ってもしかしてだけど勇者とかそんなことないよね?この場所は勇魔決戦跡地。つまりこの場所で戦って死んで亡霊になるとしたらおそらく勇者か魔王。あれに魔王らしさは感じなかったから…)
「え?あれ勇者の残滓なの?」
死後強まる年的な?てことはここ魔王いたりする?いやいやいや、そんなわけ。てことは魔王はすでに別の場所に移動したってことか?
「まぁいいや。そういうのはその時になってから考えれば」
たとえあれが勇者の亡霊だとしても亡霊である以上は弱体化してるだろうし、私が今すぐ魔王名乗れるほどの力を持っているわけではない。そのはずだから。
(……絶対戦う順番間違えた)
何がいつまで逃げるだ。普通に逃げろよ。そんなんラスボス一歩手前クラスじゃんか。始まりの街にいていいやつじゃ絶対ない。せめて中ボスになってくれ?
「はぁ…探検しよ」
夜になった。しかし何も見つからなかった。飛行船はもちろん、近くに浮く島や岩もなかった。となるとかつての勇者や魔王は空を飛んだりなんだりしてたのだろうか?私にもできるかな?
「って、あ…」
私龍じゃん。空飛べるじゃん。
(あれ、人型だと無理か?)
試しに飛ぼうとしてみる。やっぱり無理だった。実は昔にも試したことあったんだよね。あの崖越えられないかなぁって。でも無理で、そのあとは魔力に夢中になってすっかり忘れてたけど。
(練習する?)
龍ってなんか厳密には雲を生み出して駆けるんだっけ?まぁファンタジーだしそこら辺はあまそうだけど。
ふーむ。でもそうなると龍形態を手に入れないとだよね。つまり時間がかかる。そして今の私はもう我慢ができない。何年も経ってようやくスタート地点から一歩外に出れたっていうのにまた数年かけるのは嫌だ。嫌だから…
「空歩でもするか」
身体強化で無理やり空中を蹴って降りる。それか足元に魔力を集めて固めて足場にする。魔力装の亜種だ。これならまだ時間かからなそうだしやってみるか。
ということで三日が経った。朝日が眩しい。改めて雲の上の世界というのは美しく、気分がいい。
「さ、明るいうちに出発するか」
最終確認。イメージとしては百メートル置きに足場を用意して着地、落下を繰り返す。そうすれば怪我なく降りれるはず。……途中で魔力が足りなくなったらどうしよう。
「……いざ参る!」
男は度胸!ま、もう女なんだけどね!
思考を放棄して空中に足を踏み出し、急激な落下にないはずの玉がヒュンとする。これが紐無しバンジーか。なんて呑気なことも言えないくらいにはヤバい。
(死ぬ。怖い。無理。あかん)
心臓がキュッと締められ、ドックンドックンと激しく脈打っている。しかもなぜだか世界が遅くなって見えるせいで体感時間がさらに引き延ばされてる。早く終われ。早く終われ早く終われ!
(あれ…?あれあれっ!?)
一旦休憩しようと思ったのに足場が出せない!?
しまった!?落下速度が速すぎて足場の構築速度が追いつかない!追いつかせようとするならすごい下の方に作んなきゃだけどそんな離れたところで魔力を操作するなんてできない!?せいぜい自分の周囲数メートルが限界!?
未完成でもいいからと脆い足場を用意しても自重で一瞬でパリンパリンと割れて意味を成していない。恐るべし重力加速度。
「終わった…」
私の人生、これで終わり?
せっかくあの亡霊倒したのに?
「そんなバカなことがあってたまるかぁぁぁぁ〜〜!?」




