其の五十七 龍妹脱走!! 王女焦燥
〈ヴィクトリア・レイグラーフ視点〉
セバスの案内に従い父上に会いに行くことになった。シオンにはああ言ったけど、正直憂鬱だ。
「はぁ…嫌だなぁ」
この後に待ち受けているであろう面倒ごとを考えて、思わずため息を吐く。
「姫様、王城ないと言えど誰が聞いているかわかりません。そのようなことを言ってはなりませんよ」
「は~い」
「姫様…」
「どうせこの後息つく暇もないだし、もうちょっとだけ許してよ」
「・・・いまだけですよ」
「ありがと」
なんやかんや言って、セバスは私に甘い。ほかの世話役ではこうはいかない。だからこそ、本来近衛騎士であるセバスをつけているわけなのだが。
「・・・ねぇ、セバス。私、どうしてこうなったんだろうね」
「と、言いますと?」
「時折、ううん。一週間に一回くらい、全て投げ出して消えてしまいたくなる」
「・・・それは」
「わかってる。そんなこと許されないなんて」
だって、私は勇者。私が消えれば、それはこの国だけでなく世界に影響を与えてしまう。
「・・・もし仮に、勇者じゃなかったら、どんな生活を送ってたのかな?」
こんなこと、今までなら思ってても言うことはなかった。ずっと、ずっと胸の中にしまい込んで、もしかしたら、いつかよくある物語みたいに、って期待だけして落ち込んでた。
こんなこと言いだせたのは、やっぱりシオンの影響なのかな?
「・・・」
何度もシミュレーションしたとおり、やっぱり返事はない。でもそれはセバスが無視しているからではなくて。
「ごめん、意地悪な質問した。答えにくかったよね、ごめ──」
「謝る必要はないよ。君は、それでいい」
「えっ?」
だからこそ、その言葉は私を驚かせた。
「君はそれでいい。そのために、僕がいる」
振り返ったセバスは、昔みたいで、でも次の瞬間には消えてしまった。
「あまり国王様を待たせてはいけません。少し急ぎましょう」
「あっ、うん」
それでいいって。どういうことだろう。
勇者なのに、人並みの幸せを望んでしまう私なのに。
・・・思えばいつも、彼は私を肯定してくれる。
私が疲れて、止まりたくなって、投げ出したくなった時、彼はいつも外に連れ出してくれた。
泣きたくなって、一人で閉じこもろうとしたとき、彼は黙って傍にいてくれた。
今回だって彼は私を信じて、シオンが助かるように手回ししてくれた。
『もし、世界が滅ぶとして。私が戦っても、戦わなくても滅ぶなら。その時私は、武器をもって戦えるだろうか?』
無理だ。私は弱い。私には力しかない。肩書に心が追い付いていないのだ。
「姫様、そろそろ着きます」
「ええ、わかったわ」
ひとまずは…忘れよう。今考えるべきはそんなことじゃない。大事な妹のために、頑張ろう。
「失礼します、ヴィクトリア王女をお連れしました」
セバスが扉をノックすると、奥から返事が返ってくる。ゆっくりと扉を開ければそこにいるのは執務机に座り書類に追われているお父様。
「来たか」
書類から目を離すこともなく言葉告げられる淡白な言葉。すーっと感情が抜けていくのを感じる。
「遅くなりました。それで、何用でしょうか?」
「なに、わかっているだろう。あの龍の娘のことだ」
「そうですか。ですがシオンの件は保留ということで話がついたはずでは?」
「あの時はな。だが、すでにあれから数日が経つ。結論をだしてもいいころだと思わんか?」
何がいいころだ。数日たったといっても結局シオンが起きたのはつい先ほど。そもそもお父様がそのことを知っているかすら怪しい。
「頃合いといいましても、シオンはまだ起きて間もないのですよ?判断に足る根拠がなさすぎます」
「・・・そうか。少し待て」
顔を上げ、こちらを向いた後再び書類に目を落とす。しかしその手は動いておらず、読んでいないのは明らかだ。大方、すでに目覚めていると知り予定道理に事を運ぶことができず再び思索にふけっているのだろう。
「お父様。執務中申し訳ないですがはっきり申し上げます。私はシオンと敵対する気はありません。仮にこの国が彼女と敵対することになったとしても、私は正面から戦うつもりはない」
お父様の背後に控える騎士が驚き、背後に控えるセバスすら驚き剣に手を触れようとする。だがそれを承知しながらお父様は私に尋ねる。
「ヴィクトリア・・・お前、本気で言っているのか?」
その眼はこちらを睨みつけ、力強さを感じさせる。私とて王族。これがどれだけ無責任で許されざることかは重々承知している。しかしそれでも、私に彼女は止められない。
「はい。どれだけののしられようと、私はこの考えを覆すつもりはありません」
「・・・なぜだ。なぜ、そのようなことを!」
これほどまでに狼狽えているお父様を久しぶりかもしれない。などと場違いな感想が浮かび上がった。
「お父様を含む首級の首だけでこの国が救えるのなら、私は無駄に犠牲を増やすつもりはないのです」
「いったい何を」
「私では無理なのです」
「どういう意味だ」
私を注意深く観察するその眼からはすでに動揺の色は見えない。
「そのままです。私では彼女を───」
その時、ドンドンと扉が叩かれた。
「何事だ」
セバスが扉を開ければ、そこにいたのは一人の騎士。その手には何も持たれておらず、全速力で駆け付けたのか少し息を荒げている。
「で、伝令になります!突如として医療塔三階の一角が爆発!壁が破損し、城内に大量の海水が流れ込んでいます!!!」
「なんだと!?」
医療塔・・・まさか、いや、あれだけの怪我でいきなり動き出したのはなぜ?先ほどまでは友好的だったはず。まさかあれは演技?だとすれば・・・いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。事はすでに起こってしまった。ならまずは最悪を避けなければ。
「セバス、先に行きなさい」
「承知しました」
ここから医療塔まではそう遠くない。セバスなら数秒とかからない。仮にシオンが暴れていても多少の足止めは可能。それだけあれば人命救助、避難も行える。
「お父様、まずは事態の確認が急務かと」
「ああ、わかっている。私の守りなど最小限でいい。できるだけ連れていけ」
「ありがとうございます」
相手がシオンならただの騎士では足止めにもならない。近衛であってもギリギリ最低ラインに届くかどうか。数が必要だ。まずは捜索。町に入られる前に見つけ、捕まえ、話し合うのがベスト。もし町まで逃げられたとしても、いや、その場合なら絶対に全面戦争はダメだ。やはり友好的に折り合いをつけるべき。
「では私はこれで失礼します」
「ああ、まて」
「・・・なんでしょうか?」
「先ほどの件だが、あれは本当にお前の手に余るのか」
「勝てるか、であれば勝てます。ですがその場合、この国は今の地位を失うことになる。それでは結局意味がない。では、失礼します」
シオンは、強い。初めて会った時から勇者としての直感が警笛を鳴らし続けていた。あの時は友好的な雰囲気もあいまってあまり気づけていなかったがそもそも、『衛兵』である海竜アトラシア様が顔を見せるとはつまり、それだけの脅威であったということだ。
でも、問題はそこじゃない。怖ろしいのは、そんな彼女ですら、死にかけていたこと。太陽の国でいったい何があったのかはわからないけど、それは間違いなく万全の状態のこの国でギリギリだ。
「シオンと戦ってはダメ。それじゃ情報が手に入らないし、仮にその何かがこの国に来たなら、戦力の大半を失ったこの国じゃ耐えきれない」
長きにわたり大国として君臨し続けていたあの国を滅ぼしたものはまず間違いなく、こっち側。世界に支配されず、逆に世界を支配する上位存在。龍や精霊、勇者と魔王、あるいは天使や神。
あの国に新たな魔王が現れたなら問題だ。ほかの勇者が対応してくれればいいが、最悪『幻星』でもいい。気に入らなければ排除するだろうし、あの自己顕示欲の高さからしてそう簡単に認めることは考えづらい。
「ついた。セバス、状況は?」
「予想通り、シオン嬢が休まれていた部屋の壁、及び結界が破壊され海水が流れ込んでいるようです。しかし破壊が最小限であったことからこちらへの宣戦布告ではないだろうと予想しています」
そっか。よかった。最悪は避けられた。でもじゃあどうしていきなり脱走を?それも壁を破ってまで。それに、
「破壊が最小限?それってどういうこと?」
「部屋の窓付近の床に空いた穴やひび割れ、そして窓そのものの破損が限定的なのです。まるで、窓を突き破って外に出ることが目的であったように」
見てみれば、確かに床に穴が開いているが、それはわざと破壊したというより、流れ込む海水の重みで底が抜けたように見える。それに加え壁の穴も広がりかたからして海水の流入によりサイズを広げられただけであり、もとは超スピードで一点突破されたかのように見える。
「なるほど、確かにそうね。となれば・・・シオンちゃんが最後にごはん食べたのっていつだっけ?」
「わかりませんが、この国に来てから食べていないことは確かかと」
「そっか」
うん。なるほど。ってことは…もしかして。
「・・・ただご飯食べたくて外に抜け出だしただけだったりして」
流石に違うか…
「そんな眼で見ないでよ。私だって本気じゃないよ?」
「気を楽になされているようでなによりです」
「あ、皮肉?確かに気楽だけどさ、それもしかたなくない?さっきまですわ国家壊滅の危機か、とか思ってたのに実際はたいしたことなさそうなんだもん。温度差で風邪ひくよ」
「まだ大した事ないと決まったわけではないですが」
「い~や、大した事ないね!私は仕事柄知ってるんだけどね、上位存在って常識がないんだよ。というより常識自体が私たちと違うっていうのかな?だから平気で人を殺すの。暇つぶしだったり、おやつだったり」
別にこの殺人ってのも例えの一つにすぎない。だからさっきのごはんってのは違くとも、ただ外に行きたいってだけで壁を壊して進むのも大しておかしな話じゃないのだ。そもそもあの程度の壁は彼らにとってみれば壁じゃないし。
「・・・であれば現状はまずいのでは?」
「え?」
「先ほど言っていたように彼女はしばらく食事をとっていません。そして辺りには大量の人がいます。であれば、空腹を満たすために襲いだすという可能性も・・・」
「ないよ!ないない!ないっ!」
そんなこと絶対無い!だってシオンちゃんだもん!女に可愛くてキュートで最高なシオンちゃんがそんな事するわけ無い!
「それはなぜでしょう?」
「ないったらないの!シオンちゃんはそんなことする娘じゃありません!!私の妹だもん!」
全く、失礼しちゃうよ!いくらセバスでもそんなこと言ったら怒るもんね!
「・・・そうですか。であれば、一度騎士たちを引かせますか?」
「あ、そうだね。いったん返そうか。なんとなくだけど、下手に刺激するより待ってた方がいい気がする。姉の感ってやつかな?」
「わかりました。では伝えてきます」
「お願いね」
そう言えば、セバスの姿が視界から消えた。相変わらず動きが速い。いくら私が近接戦闘弱めといえど、勇者は勇者、ちゃんと強いはずなんだけどね。まったく、まいっちゃうよ。
「姫様、今よろしいですか?」
「おや、ミシェル?」
振り返ればそこにいたのはかわいらしい人魚。見た目通りその年齢は若く、まだ四十ほどだったはず。将来有望な近衛騎士の一人だ。
「はい、現状についてお尋ねしたいのですが・・・今よろしいですか?」
「大丈夫よ~」
「・・・失礼かもしれませんが、あまり砕けていらっしゃるとセバスさんにいろいろ言われるのでは…?」
「・・・今は勇者だから、きっと大丈夫」
タブンネ?
「ごめんなさい」
「謝る必要はないよ、ミシェルはいい子だねぇ」
「わわっ。そんな、急に。人前ですよ!」
「ほれほれ。勇者の時くらい楽にさせてよ。王女でいるのも楽じゃないのよ?」
あ〜、この感触が素晴らしい。ちゃんと手入れされた髪って感じ〜。私も手入れしないとなぁー。
「それは知っていますが、これ以上は後で殺されかねないのでやめて下さい」
割と本気な声色で頭をなでる私の手を掴んで離されて心が痛い。いったい誰が殺すというのだ。私がやり返してやろうか。
「それで、何しに来たんだっけ?」
「あ、そうです!どういう状況かを聞きに来たんでした!」
「うんうん。それはね、かくかくしかじかだよ」
「・・・???」
だめだった。
仕方ないのでちゃんと伝えることにする。シオンちゃんが目を覚ましたことから、脱走したことまで。もちろん敵意は無いことまで含めて。
「なるほど。では、私も他の人に伝えてきます」
「え、ミシェルはここで一緒に待ってようよ」
「ダメです。姫様もこんなとこにいないで国王様に伝えてきてください」
「・・・・・・・は~い」
皆真面目だなぁ。私はもうちょっとさぼりたかったよ。
・・・あんなこと言ったのに全然問題なかったとか言いにくすぎるよ〜!!




